○…チーム宿泊先の支配人は夏の再会を信じ、帰路に就くナインに「行ってらっしゃい」と声を掛けたという。まさに、最後まで夢見心地な大会だった。第79回全国選抜高校野球大会で常葉菊川が、浜松商以来29年ぶりで紫紺の大優勝旗を静岡県にもたらした。テレビ画面を通じたマウンド上の歓喜を「信じられない」という思いで見詰めたのは、「あのチームが…」ではなく、大会初日の1回戦登場から12日間が「あっという間だった」からである。そして、決勝の翌日、試合中継のない寂しさをかみしめた。
○…春夏6度の甲子園取材で、1大会2勝が最高成績だった筆者にとって、5連勝のテレビさじきは不思議な感覚だった。経験した2勝は1997年夏の浜松工と1999年夏の静岡。ともに春夏連続出場だった。安定感抜群な伊藤投手と強力打線で秋季東海王者に輝いた浜松工、左腕高木と右腕市川の二枚看板を擁した静岡。県内を圧倒し、実力は全国級だった。ともに春は2回戦で敗れ、夏も浜松工は準優勝の平安(京都)、静岡は優勝の桐生一(群馬)に3回戦で屈し、春夏とも8強入りはならなかった。
○…現場取材とテレビ観戦の精神的な違いもあろう。しかし、学校数がひと目で数えられるほどに減って、なお静岡県勢が残り、全国報道で校名と県名が連呼される。大会屈指の好打者、好投手との対戦を繰り返しながら、リードを許しても、ピンチを招いても、落ち着いて見ていられる。まことに不思議な感覚だった。「本当に優勝しちゃった」。祝福よりも先に思った。
○…3年ぶり2度目、春夏合わせて3度目の甲子園。県勢10年ぶりの東海王者とはいえ、全国的には甲子園未勝利の無名校だった。1点差を競り勝ち、2ケタ得点で完封、終盤逆転の連続。相手も侮ってはなかったろうが、「こんなはずでは…」だったに違いない。選手の自信あふれるプレー、森下監督の笑顔のさい配。常に先行を許した決勝戦も、「最後はサヨナラ勝ちかな」と平静に画面を見ていられた。
○…浜松商主将で紫紺の大優勝旗を手にした森下監督。2番打者として伝統の機動力野球の代名詞ともいえるバント役を担った。だが、指揮官では一変する。「いいバッターがそろっているのに、チャンスにバントじゃ、もったいない」。バントの難しさを知るからこその発想であるとともに、自己犠牲の強制でなく、自己主張の促進。象徴的だったのは、選抜出場を決めた時の訓示。「やるのは君たちだ。よろしくお願いします」。笑って選手に頭を下げた。
○…全国制覇を報じる紙面の隅に、県内の春季地区大会の結果が載っている。夏に向けた戦いは始まっている。森下主将の浜松商は夏3回戦で沼津東に屈した。昨年秋季大会西部地区3位チームの日本一は、県内高校球児の誇りであり、大きな目標の誕生である。常葉菊川前監督の磯部総監督(浜松商優勝監督)は、「今回の優勝は全県下のチームの財産となる」と静岡新聞に寄稿した。「日本一を倒そうぜ」「オレらだって」。県内各地のクラウンドから、そんな声が聞こえてきそうだ。
(4/4 掛井 一也)
「だんまく」とはスポーツ大会で目にする応援用「横断幕」の通称。時に温かい声援、時に檄文(げきぶん)の横断幕にならい、静岡県内スポーツ界の出来事を中心に、折に触れた話題を取り上げます。