○…桑田真澄投手(39)の大リーグデビューは、何か不思議な光景だった。これまで何度となく見た日本人選手の初陣とは違う何かが漂った。不惑の年を目前にしての快挙に拍手は惜しまない。自ら先にホームページ(HP)で明らかにした巨人退団。言及こそしていないが、戦力外でもあったのだろう。新たな活躍の場を大リーグに求めた。日本球界のトップ選手が「ステップアップ」に海を渡ったのとは事情が違う。アメリカと日本のプロ野球が上下関係から対等に近づいた気すらした。
○…全盛期を過ぎた桑田投手の挑戦に、かつての江夏豊投手を重ね思った。江夏投手が大リーグに挑戦したのは1985年、36歳だった。見事な“ビール腹”を抱えてブリュワーズのキャンプで投げる姿は、節制の鑑のような大リーガーの中にあって、異質にすら見えた。オープン戦で好投しながらも、終盤のリリーフ連続失敗もあり、大リーグ枠には残れなかった。幼少期からの阪神ファンで、江夏投手への思い入れも強かった筆者だが、その結果は「当然」にさえ思えた。
○…あれから20年以上の時を経て、日本人大リーガーの活躍も珍しくなくなった。30代半ばをすぎての挑戦も、98年のオリックス・松永浩美外野手=当時(37)=、2001年の阪神・佐々木誠外野手=同(35)=、02年のロッテ・小宮山悟投手=同(36)=と続き、06年にホワイトソックス入りしたヤクルト・高津臣吾投手=同(36)=は中継ぎや抑えで活躍した。同年、マイナー契約からドジャースの守護神に上り詰めた横浜・斉藤隆投手=同(36)=の快挙はいうまでもない。
○…全盛期の球威は望むべくもないが、類まれな制球力と野球への真しな姿勢をもってすれば、新天地を日本の他球団に求めることも可能だったはずだ。昨年9月、イースタンリーグ登板の前日、「明日、ジャイアンツのユニホームでマウンドに立つのは、おそらく最後になるだろう」とHPで告白。個人交渉の末に得たパイレーツ傘下のマイナー契約、渡航ビサ取得の苦労、オープン戦での右足首の重いねんざ、復帰後3試合連続無失点の3A登板でつかんだメジャー昇格、2日後のヤンキース戦初登板。PL高校時代から20年余の冷静なイメージには似つかわしくないほど、オールド・ルーキーの半年間はすべてがドラマチックだ。
○…「150キロの速球があるわけではないし、四隅をうまく使わなければ勝負にならない」「毎日が喜びであり、感謝である」。ドラマの中にあっても、“桑田語録”は変わらない。日本球界で成績を残せなかった外国人選手は、口ぐせのように「ベースボールと野球は違う」と言う。ボールの大きさや滑り具合、ストライクゾーンや練習方法の違いだけではない。武士道にも通じる精神性や柔よく剛を制するような、さまざまな「違い」が実は「武器」でもあることを、“世界一”を標ぼうするリ-グで証明してくれることを楽しみにしたい。新たな日本人大リーガーの姿である。
(6/14 掛井 一也)
「だんまく」とはスポーツ大会で目にする応援用「横断幕」の通称。時に温かい声援、時に檄文(げきぶん)の横断幕にならい、静岡県内スポーツ界の出来事を中心に、折に触れた話題を取り上げます。