○…SBSカップ国際ユースサッカーは、静岡ユースの全勝優勝で幕を閉じた。1977年に静岡県と韓国の高校親善大会として始まり、日本でもっとも歴史のある国際ユース大会で、「静岡」の優勝は22年ぶり、4度目。最終日の全勝対決に敗れたU-18ウクライナ監督は言った。「なぜ静岡ユースが日本代表でないのか」。地元ファンとして胸を張りたくなる賞賛の言葉だ。
○…前回優勝、1985年の静岡県高校選抜は、中山雅史選手(藤枝東高)、武田修宏選手(清水東高)、真田雅則選手(清水商高)らを擁し、「守備のかなめ」としてストッパーを務めた中山選手が最優秀選手に輝いた。また、キンゼ・デ・ジャウー(ブラジル)の一員として、カズこと三浦知良選手が故郷に凱旋するなど、静岡のユースサッカー史に輝かしい1ページを残すとともに、後に日本サッカー界を代表する顔触れがそろった大会でもあった。
○…キラ星のごとくスター選手を生み出してきた静岡県の高校年代。しかし、今年の静岡ユースにスター選手がいたかといえば、答えは?だろう。とはいえ、18人中、実に11人がU-18(18歳以下)の日本代表や代表候補を経験し、河井陽介選手(藤枝東高)と吉野峻光選手(静岡学園高)は5月の欧州遠征の代表メンバーでもあった。それだけに、「SBSカップでアピールし、再び代表へ」の思いは誰にも強く、日本、米国、ウクライナのU-18に対して臆するところはなかった。
○…高校部員とJリーグユース選手で編成される静岡ユースは、秋季国体少年男子サッカー静岡選抜の母体となってきた。静岡県高校選抜の時代もそうだ。しかし、国体改革の一環として、サッカー少年男子は昨年から16歳以下に衣替えした。進学期の強化維持や国際大会に対応した年代編成を主な理由に、中学生に門戸が広げられ、最年長は高校2年生の早生まれとなった。これにより、県内の高校2年生大半と、すべての高校3年生にとって、選抜チームで戦える最後の大会がSBSカップとなった。
○…急造チームとはいえ、ライバル校の中心選手と組む楽しさにあふれ、学校やクラブで息の合ったコンビプレーもチームをけん引した。初戦のアメリカ戦は河井選手と松田純也選手の藤枝東高コンビで決勝点を挙げ、静岡ユース7年ぶりとなる外国チームからの白星を奪った。2戦目の日本戦は池川修平選手と吉野選手の静岡学園高コンビが先制点を決め、ウクライナ戦はジュビロ浜北ジュニアユースでチームメートだった押谷祐樹選手(ジュビロ磐田ユース)と松田選手のコンビでゴールネットを揺らした。
○…日本戦を終えて池川選手は「(ウクライナ戦は)このメンバーで戦う最後の試合。チーム全員が1つになって楽しみたい」と語り、優勝を決めて鳥羽亮佑主将(藤枝東高)は「抜群のチームワーク。このまま解散するのは惜しい」と総括した。全敗で最下位の日本代表は29日から、仙台でブラジル、フランスのU-18代表と戦う。静岡ユースの活躍は「仙台に特別招待してほしい」と思わせるほどに、もっと見ていたかった。日本代表は来年のU-19アジア選手権、再来年のU-20W杯を目指す。多くの静岡県勢の代表復帰を確信させる見事な優勝だった。
(8/16 掛井 一也)
「だんまく」とはスポーツ大会で目にする応援用「横断幕」の通称。時に温かい声援、時に檄文(げきぶん)の横断幕にならい、静岡県内スポーツ界の出来事を中心に、折に触れた話題を取り上げます。