○…まさに「憔悴(しょうすい)」そのものといった写真だった。16年ぶりの日本開催となった陸上の世界選手権。女子走り幅跳び日本記録保持者で、日本選手団女子主将の池田久美子選手(スズキ)の決勝進出はならなかった。大阪・長居陸上競技場で取材した静岡新聞記者の記事には、「この雪辱、北京で…」の見出しとともに、伏し目がちに砂場を後にする姿が添えられていた。
○…記者は書いた。「『7メートルを跳べる自信はある』と公言して自分自身を追い込んできた」。昨年5月の静岡国際で6メートル75を跳び、世界選手権大阪大会の参加標準記録を突破し、続く大阪GPは世界陸上の舞台となる長居のフィールドで6メートル86の日本記録を樹立。同年12月のドーハ・アジア大会は6メートル81を記録し、同種目で日本人36年ぶりとなる金メダルも獲得した。
○…「7メートルジャンパーの仲間入りで、世界と真っ向勝負」はキャッチフレーズのようになった。助走の走力強化に努めた冬場の成果は、4月の織田記念100メートル障害で現れた。日本人歴代2位の13秒02で優勝。広げた手のひらの手首から小指の先を示し、「(7メートルまでは)この長さなんです」。わずか“手のひらサイズ”に迫った大台の照準は、母国開催の世界陸上にぴたりと合ったかに思えた。
○…7月の日本選手権。優勝こそしたが、6メートル59と伸び悩んだ。その後の欧州遠征も低調が続き、「助走の走力に踏み切りの技術が追い付かない」と繰り返した。助走、踏み切り、空中姿勢、着地。1つでもバランスが崩れたら大台は見えてこない。「7メートルを跳べる自信はある」は、確信が揺らいでいく中で必要な暗示だったのかもしれない。
○…スズキ同期でアテネ五輪女子砲丸投げ代表の森千夏さん。陸上の手ほどきをした父実さん。相次いで他界した2人と共に戦うつもりで、スパイクには「お父さんありがとう」「森ちゃんありがとう」と刺しゅうした。亡き父や亡き友が背中を押してくれるほど、「世界」は甘くはなかったのか。「ボーっとした」という酷暑さえ、外国勢よりは慣れていたはず。「何でかな、分からない」。場内放送映像のマイクが、予選最終跳躍直後のつぶやきを拾ったという。
○…トップアスリートの宿命である期待と注目を一身に受け、大会の前景気はもちろん、陸上競技の知名度向上もけん引した。同様に男子ハンマー投げのアテネ五輪金メダリスト室伏広治選手、2大会連続のメダルを狙った男子400メートル障害の為末大選手も不本意な成績に終わった。それぞれの悔しさはいかばかりか。福島大の恩師、川本和久監督は言った。「負けることも成長には必要」。父や友へ感謝の大ジャンプは1年後、北京の空の下に描こう。
(8/28 掛井 一也)
「だんまく」とはスポーツ大会で目にする応援用「横断幕」の通称。時に温かい声援、時に檄文(げきぶん)の横断幕にならい、静岡県内スポーツ界の出来事を中心に、折に触れた話題を取り上げます。