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2007年「スポーツコラムだんまく」

F1輸送計画の落とし穴

2007/10/01

 ○…富士山は30年ぶりで“足元”に響いた排気音と大歓声をどう聴いただろうか。自動車レースの世界最高峰フォーミュラ1(F1)シリーズの日本グランプリ(GP)。昨年まで20年間にわたって戦いの場となった三重県の鈴鹿サーキットから、舞台はF1日本GP「発祥の地」である静岡県駿東郡小山町の富士スピードウェイに戻った。トヨタ自動車の傘下に入り、02年からF1開催を視野に大規模な改修に着手した。1開催で数十億円といわれる巨額で興行権を獲得した「富士回帰」のレース。雨と霧の3日間は、天才新人レーサーのルイス・ハミルトン(英国、マクラーレン・メルセデス)が4勝目を挙げ、史上最年少、史上初のルーキー年間王者に王手を掛けたが、運営には多くの課題も残した。

 

 ○…富士スピードウェイは1976年、77年、初のF1国内開催の名誉に浴した。第1回大会は静岡市出身の星野一義氏がスポット参戦し、今回同様の雨中戦の水煙の中、10台以上を抜いて上位に肉薄するドライビングで沸かせた。しかし、翌77年の決勝でクラッシュしたマシンが観客席に飛び込む死亡事故が発生し、富士山ろくでのF1の歴史は、わずか2年で幕を閉じた。静岡市に本社を置くタミヤ模型は同年、初のF1ラジコンカー「6輪タイレル」を発売したが、翌年以降“地元”に本物のF1マシンは戻って来なかった。そして、それは富士スピードウェイに限ったことではなかった。日本GP自体、再開までに10年の歳月を待たなければならなかった。

 

 ○…1987年、F1GPの日本再開は、ホンダ系の鈴鹿サーキットだった。以来、シリーズ終盤を飾るレースとして、コンストラクター(マシン製造者)とドライバーのタイトル争いの激しい舞台に定着した。アイルトン・セナ(ブラジル、94年に事故死)らスタードライバーの登場、バブル経済の後押しもあって、90年代にかけて日本はF1ブームでさえあった。20年の歴史で内外に定着した「スズカ」だけに、富士移転はファンも巻き込んだ大ニュースとなった。トヨタ、ホンダの両雄が意地とプライドをかけた招致合戦となり、根強い鈴鹿人気に配慮した国際自動車連盟(FIA)の意向も受け、5年間の興行権を獲得した富士側が開催正式決定の1週間後、09年からの鈴鹿との隔年交互開催案を受け入れるほどだった。

 

 ○…小山町の関係者はF1をサッカーのワールドカップ(W杯)開催にたとえたが、大挙集中でいえば比ではない。1日最高14万人、3日間で実に約30万人。小山町から離れた県中部の町内会幹部でさえ、前週に催した地域の運動会が、「雨で1週伸びたら弁当は1つも用意できないといわれていた」と安どしたほど。一方でアクセス道の幅員など利便性に欠けるため、マイカーの集中による会場周辺の渋滞緩和や環境対策に、場外駐車場や鉄道駅からの送迎を組み合わせた「チケット&ライド」方式を採用し、東名高速足柄サービスエリアにバス専用の臨時出入り口も設けた。JRは臨時列車を運行し、場外駐車場は異例の陸上自衛隊東富士演習場用地の一時使用をはじめ、11カ所に計2万5千台分を用意した。

 

 ○…しかし、2日目の帰路、想定外のアクシデントは発生した。シャトルバスの場内走路が雨で一部陥没し、2万人が5時間も足止めされた。興奮した一部ファンに小競り合いもあったというが、雨と寒さの中、凍えながら長時間待たされた怒りはもっともだ。最終日は往路シャトルバスが大渋滞し、スタートに間に合わないファンも出た。不手際は帰路も続いた。運営ノウハウは、蓄積して初めて生きるもの。路面陥没など想定もしていなかっただろう。アクセス混乱の苦い経験を来年に生かし、すべてのファンが「富士のF1はいい」と満足してもらえるよう努力してほしい。大迫力の高速バトルを生むシリーズ最長1.5キロの直線は、世界に誇るコースレイアウトなのだから。

(10/1 掛井 一也)

 

 「だんまく」とはスポーツ大会で目にする応援用「横断幕」の通称。時に温かい声援、時に檄文(げきぶん)の横断幕にならい、静岡県内スポーツ界の出来事を中心に、折に触れた話題を取り上げます。




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