○…今季からサッカーJリーグ1部(J1)清水エスパルスのユース監督に就任した大榎克己氏(42)。現役引退後は清水のコーチを経て、母校の早稲田大でサッカー部監督を務めた。都リーグにまで低迷した後輩を4年間で、関東2部、関東1部と引き上げ、ついには大学日本一の栄冠も授けて、指揮官としての有終の美を飾った。5年ぶりで古巣の清水に復帰した大榎氏が、その間も変わらず続けていた“善行”がある。
○…大榎氏は現役時代から毎年シーズンオフに、親友のプロゴルファー宮本勝昌さん(熱海市出身)や知人の芸能人、サポーターらを招き、「大榎杯争奪」の慈善ゴルフ大会を主催。その益金で清水のシーズンシートを購入し、県小規模授産所連合会静岡地区会を通じ、社会福祉施設に寄贈している。今年で13回目となる寄贈式で、「また清水にお世話になることになった。(離れていた間も)中断しないで良かった」という大榎氏の言葉が静岡新聞を飾った。延べ160席分の寄贈を伝えた記事を目にし、途切れていなかった善意に驚きと感動を覚えた。
○…企業が文化・芸術活動を支援する「企業メセナ」は、バブル経済華やかかりしころ、国内さまざまな場面で資金提供が行なわれた。「余剰収益の美しい使途」として、一種の流行のようでもあった。しかし、バブル崩壊の後は削減支出項目の筆頭に挙げられ、「メセナ」という言葉そのものは一過性に終わった感がある。概念として定着したことには間違いないが、いまや企業の社会的責任という意識は「コンプライアンス(法令遵守)」に集中し、メセナ的な発想はなかなか表に出ない。
○…プロスポーツのいわゆる「選手シート」も当初は、海外におけるファンサービスの模倣であっただろう。クラブや球団を通じて一般から希望者を募集する形式と、施設入所者・児や障害のある方を対象にした福祉目的に大別される。その中で後者のような形をとるのは、大榎氏をはじめ、Jリーグ発足当初からの選手シートに多い。静岡県勢でいえば「克己シート」のほか、名古屋グランパスの藤田俊哉選手がジュビロ磐田時代から福祉施設対象に続ける「俊哉シート」が代表的だ。
○…藤田選手は盲導犬協会に対する寄付も長年続けている。磐田時代に取材した折、藤田選手は言った。「大好きなサッカーでご飯が食べられる幸せ。そして、サポーターの後押しがあるからこそピッチに立てる。(選手シートや寄付は)感謝の気持ち」。Jリーグ創生期選手の「サッカーを職業にできた喜び」は、プロサッカー選手になることが半ば当たり前となった今の選手とは大きく違うように思える。若手の多くも選手シートを持つようになった。「感謝」「恩返し」の気持ちに差はないが、ベテランたち個人の発意は、重ねた年月以上に重く思える。
○…社会福祉活動が大きく成長した例は、ジュビロ磐田で選手、チームアドバイザーも務めたブラジル代表監督ドゥンガ氏の「ドゥンガ財団」が好例だ。スポーツ教育を通じて、社会活動を促進するNPO法人として2001年に発足し、身寄りのない老人のための病院支援,小児ガン病棟の建設,救急車の購入などを目的としたドゥンガ基金も有名だ。貧富の差や非就労者の割合の違いなど、手を差し伸べるべき対象は、ブラジルと日本とでは大きく異なる。しかし、ドゥンガ氏の姿勢と「選手シート」に込められたJリーガーの善意に変わりはない。今季も多くの笑顔の花がスタンドに咲くことだろう。
(3/3 掛井 一也)
「だんまく」とはスポーツ大会で目にする応援用「横断幕」の通称。時に温かい声援、時に檄文(げきぶん)の横断幕にならい、静岡県内スポーツ界の出来事を中心に、折に触れた話題を取り上げます。