○…北京五輪代表選考会を兼ねた競泳の日本選手権。男子800メートルリレーのメンバーとして、沼津市の飛龍高校OBの松本尚人選手(23)と物延靖記選手(22)が、そろって五輪代表の切符を手にした。県勢の競泳五輪代表は1992年バルセロナ大会女子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した岩崎恭子選手(当時沼津五中)が、日大三島高生として2大会連続で出場したアトランタ大会以来12年ぶり。男子では1952年ヘルシンキ大会の“フジヤマのトビウオ”古橋広之進氏(元日本オリンピック委員会会長、浜松市出身)以来の快挙ではないだろうか。沼津学園高から飛龍高への校名変更期を沼津で過ごし、日大でも1年先輩後輩の間柄。レース前に声を掛け合った「一緒に北京」の誓いがかなった。
○…リレー種目の代表選考は、上位4人の合計タイムが北京五輪の派遣標準を上回ることが条件だった。日本水泳連盟が導入した新基準は、1レースの中に個人種目としての争いとともに、リレーメンバーとしての目標達成に向けた切磋琢磨を生んだ。1人も200メートル種目の標準記録は突破できなかったが、3位の松本選手、4位の物延選手の頑張りがなければ、上位2人の北京行きはなかった。静岡新聞の1面を飾った4選手の笑顔が1分50秒弱のドラマを物語った。「200メートル1本に絞ってきた」という松本選手と、自己ベスト更新で五輪切符をもぎ取った物延選手。ともに飛龍高の杉山康監督の薫陶を求め、県外から静岡県勢の仲間入りをした。全国高校総体で2年連続自由形3冠の松本選手、全国高校総体400メートル自由形3位の物延選手。高校時代を上回る大きな恩返しの贈り物となった。
○…北京五輪のメーン会場、通称「鳥の巣」のこけら落としとなる陸上競歩の五輪テスト大会が行われるなど、8月8日の開幕までカウントダウン態勢。競泳の日本選手権のほか、五輪日本代表選考会の冠が付いた競技会も佳境を迎えようとしている。「お家芸」でいえば、最重量級を除く柔道男女の代表と女子マラソンの代表も決まった。選考会を兼ねた柔道の体重別選手権女子48キロ級で準優勝の谷亮子選手が、五輪2大会連続金メダルの実績重視で代表の座を獲得し、女子マラソンは世界選手権や複数の国内指定大会の結果を考慮した上で代表が決定した。「北京で勝てる選手選考」「条件が異なるロードレース」など、それぞれの事情も理解はできるが、悲喜こもごもな競泳のドラマを見るにつけ、「代表選考」には一発勝負こそふさわしいと、つい思ってしまう。
○…一発勝負で有名なのは、世界に冠たる陸上王国、競泳王国のアメリカ代表選考だろう。世界記録保持者であろうと、世界戦連覇中であろうと、全米選手権のその日、その瞬間に敗れれば終わりだ。五輪本番前、一度はピークを全米選手権に合わせ、なおかつ実力通りの結果を残してこそ真の代表であるという単純明快、実力勝負の世界。これは同時にアスリートに広く代表への道が開かれることにもなり、「アメリカンドリーム」の可能性さえ秘める。日本国内では「五輪代表選考会を兼ねた大会」の多くが「代表選考の重要な参考大会」にすぎない中、競泳代表選考の一発勝負は一層熱く映る。個人種目の代表選考は日本水連が設定した派遣標準記録を突破した上、決勝で2位以内に入ることが条件。見る側も手に汗握り、ゴール直後のトップスイマーらの表情に、かけてきた思いの深さを知る。
○…女子100メートル背泳ぎは、予選で日本記録を出した前回アテネ五輪代表の中村礼子選手に対し、前回落選の雪辱に燃える伊藤華英選手が決勝で日本記録更新の力泳を見せた。女子100メートルバタフライは、中村悠子選手が専門外のスプリント種目ながら日本新で優勝し、準決勝で日本記録を出した土肥亜也子選手は標準記録を突破しながらも3位で落選と厳しかった。男子平泳ぎでアテネ五輪短距離2冠の北島康介選手は、100メートルで大会9連覇、3大会連続の五輪切符獲得にも、自身の日本記録に0秒14及ばなかった泳ぎに不満をのぞかせた。厳しい一発勝負を勝ち抜いた代表スイマーは頼もしく、北京での活躍に期待は募るばかりだ。
(4/18 掛井一也)
※男子200メートル個人メドレーで高桑健選手(日大三島高出)も北京五輪代表に決まりました。