○…北京五輪に引き続いて開催される障害者スポーツの祭典、北京パラリンピックの日本選手団157選手が発表された。静岡県関係者は水泳で5大会連続となる河合純一選手(33)=浜松市西区=をはじめ、7競技に9選手が選ばれた。水泳の日本選手団主将は前回アテネ大会の河合選手に続き、同郷の浜松市出身で早稲田大学の後輩にも当たる鈴木孝幸選手(21)が務めることになった。
○…鈴木選手は聖隷クリストファー高3年で出場したアテネ大会200メートルメドレーリレーで銀メダル、06年世界選手権は50メートル平泳ぎで銀メダル。東京都内で開かれた北京大会の選手団発表会に選手を代表して出席した勇姿は静岡新聞の1面を飾り、「金メダル獲得」への抱負とともに「河合さんからも心強いエールをもらった」というエピソードが載った。そして、同じ日の社会面には浜松市西区舞阪町の自宅で、20個目のメダル獲得への思いを語る河合選手の笑顔があった。
○…静岡県民にパラリンピックを強く意識させたのは、過去4大会で金メダル5個を含む19個のメダルを手にした河合選手の存在が大きい。初出場は筑波大附属盲学校高等部時代のバルセロナ大会。五輪で岩崎恭子選手(当時・沼津五中)が200メートル平泳ぎで金メダルを獲得したことを思えば、全盲スイマーとして世界の第一線で活躍し続ける歴史は信じがたいほどに長い。早大時代にアトランタ大会、母校の舞阪中学教諭でシドニー大会とアテネ大会、早大大学院を経て、北京大会は静岡県総合教育センター(掛川市)職員で臨む。
○…河合選手はたゆまぬ努力で世界に誇る個人成績を積み重ね、障害者アスリートの地位向上に尽力するとともに、青少年や保護者、一般社会人ら対象の講演で、「夢」をキーワードにあきらめない心を語る。スイマーとしての偉大な記録もさることながら、「プールの外での活躍」が本来の姿にさえ映る。教師と水泳を両立させた姿は「夢追いかけて」の題名で映画化され、講演に招かれれば「夢や目標からやるべきことが見えてくる」と語り続ける。
○…2000年のシドニー大会で自身初の金メダルを獲得した翌年、静岡新聞創刊60周年・静岡放送開局50周年を記念した紙上キャンペーンで河合選手は語っている。「パラリンピックも学校も僕の自己表現の舞台。相手が見えない世界に作戦も駆け引きもない。自分を信じ、ひたすらゴールを目指す」。つないだ夢は波紋のように広がり、北京選手団発表の3日前には、設立準備に携わってきたNPO法人「浜松市障害者スポーツ協会」の設立総会に、鈴木選手や北京大会に馬術で出場する渋谷豊選手(49)=浜松市、会社員=と出席した。
○…生まれつき手足に障害を持つ鈴木選手は、北京大会では個人5種目に出場予定だという。「アテネ後に支えてくれた人に一番いい色のメダルを持って帰れるよう頑張りたい」。個人種目初のメダルで表彰台の頂点を目指し、「主将が良い結果を残せば、チームも良い方向に向くと信じている」と信じる。それは、河合選手の後姿でもあろう。一方の河合選手は個人4種目の出場が有力だといい、「日本の障害者スポーツの環境改善のためにも、自分の泳ぎが一助になるよう頑張っていきたい」と言う。北京パラリンピックは9月6日開幕する。
(5/22 掛井一也)
※北京パラリンピック代表の静岡県関係は、河合、鈴木、渋谷選手のほか、水泳の野村真波選手(23)=静岡市出身、看護師=、陸上の山本篤選手(26)=掛川市出身、スズキ=、盲人マラソンの新野正仁選手(51)=磐田市、マッサージ業=、自転車の大城竜之選手(36)=浜松市出身、都立文京盲学校教諭=、柔道の土屋美奈子選手(18)=伊豆市、県立浜松視覚特別支援学校高等部=、車いすバスケットボールの藤本怜央選手(24)=島田市出身、会社員=が選ばれました。