○…北京五輪の序盤戦。日本のメダル獲得の屋台骨を支える柔道、競泳が早くも佳境に入った。スポーツ専門チャンネル並みの特別編成で盛り上げを競うテレビ各局だが、サッカー男女や柔道の重苦しいスタートに気勢もなかなか上がらない。それだけに、柔道男子66キロ級の内柴正人選手(30)、競泳男子平泳ぎ100メートル(M)の北島康介選手(25)による連日の五輪2連覇の快挙に、現地特設スタジオも満を持したかのように沸き返った。
○…日本人76年ぶりの競泳連覇を世界新記録で飾った北島選手。100Mと200Mの2冠を達成した前回アテネ大会で発した「超 気持ちいい」の一言は、日ごろ若者言葉にマユをひそめる大人たちも納得させ、「超」の副詞的な使い方に社会的認知を与えた。100M連覇直後のプールサイド・インタビュー。4年前の「超 気持ちいい」を引き合いに心境を尋ねられ、「アテネ以上に気持ちいい」と言って、再び「超 気持ちいい」を繰り返してみせた。若者言葉では「超」より格上の「鬼」や「激」を使ってみせるかと期待したが、さすがにそれはなかった。
○…ワイドショーが言う「号泣」とは思わないが、「何(なん)も言えねー」とタオルでしばらく顔を覆った姿に、優勝候補ナンバーワンが抱えていた計り知れない心中を察する。しばらくは「何も言えねー」の流行すら予感させた。そして、大リーグ・マリナーズのイチロー選手の祝福談話「君は魚類か?」に、これほど殊勝な言葉もないなと感心した。アスリートが生み出すドラマの数々は、「ワンフレーズ」の談話が彩りを添える。メディアが好む「見出しになる言葉」である。
○…男子柔道の日本人選手最年長、主将として臨んだ内柴選手。アテネ大会は出産直後の夫人を日本に残したが、今回は夫人と長男の前で連覇を成し遂げた。「男になれた」とともに口にした「やっちゃいました」の言葉は、バルセロナ大会男子マラソンの給水で転倒し、靴が脱げた谷口浩美選手の「こけちゃいましたね」を思い出させる。しかし、8位に終わっても微笑ましく響いた谷口選手のぼくとつな口調に比べ、「神様に動かしてもらった。何の技で勝ったのかよく覚えていない」という内柴選手からは無心の緊張感が伝わる。
○…女子48キロ級3連覇を狙った谷亮子選手(32)の銅メダル、男子60キロ級で日本人4連覇を目指した平岡拓晃選手(23)の1回戦敗退には、あらためて代表選考の経緯を思った。谷選手は代表最終選考会の体重別選手権決勝で敗れながら、「確実に金メダルが狙える選手」という実績重視で5大会連続の代表に選ばれた。半面、平岡選手は同選手権で優勝しながら、代表には準決勝で敗れた五輪3連覇中の野村忠宏選手(33)を推す意見が多かった。結果的に平岡選手は谷選手とは逆に、実績重視の意見を退け、最終選考会優勝の重みと若さや勢いを買われ、初めての五輪代表に選ばれた。
○…シドニー大会の「最高で金、最低でも金」。アテネ大会の「田村で金、谷でも金」。そして今回の「ママでも金」。谷選手の言葉は大いにメディア受けした。実績重視のはずが、3度の「指導」による優勢負け。体重別選手権で勝った山岸絵美選手(20)が次回ロンドン大会にかける思いは一層だろう。とはいえ、谷選手が3位決定戦の1本勝ち直後、自分の不甲斐なさに涙を浮かべた姿を見れば、「勇気を十分にもらいました」などという安易な評価には耳をふさぎたくなる。平岡選手の「野村さんを出せば良かったといわれるでしょうね」という言葉も耳に痛い。
○…女子52キロ級で銅メダルの中村美里選手(19)の「笑顔なし」も印象的だった。平成生まれ初のメダリストは「金メダルを目指していたので悔しい」と、メディアの興奮にもクールな表情を崩さなかった。一方で、激しい歓喜も「当然」と思わせたのは、バドミントン女子の末綱聡子・前田美順組。アテネ大会の覇者で世界ランク1位の地元中国ペアに準々決勝で逆転勝ち。勝利の瞬間、2人はコートにうずくまった。北島選手が期待通りの結果であるなら、快挙という言葉は2人にこそふさわしい。
○…競泳男子自由形で日本人として52年ぶり決勝進出で、200Mは史上初となった奥村幸大選手(25)は「どこまで世界に挑戦できるか」、射撃女子クレー(トラップ)で日本女子過去最高の4位となったママさん選手の中山由起枝選手(29)は「おばあちゃんまでやる」。1次リーグ白星発進の女子ホッケー“さくらジャパン”の試合中継では、初歩的なルール説明も交えた解説が印象的だった。“全国中継”に寄せる競技知名度の向上への大きな期待と喜び。北京から届く「談話」に、悲喜格別な物語がある。今さらながら五輪とは、かようにも特別な舞台である。
(8/12 掛井 一也)