○…147の国と地域から障害者の代表選手4000人余が集った北京パラリンピック。279種目の世界記録と339種目のパラリンピック記録が樹立された大会で、日本は金5個、銀14個 銅8個のメダルを獲得した。静岡県勢も活躍した。競泳と陸上で金1個、銀と銅2個ずつのメダルを獲得し、世界記録も樹立した。すべて浜松市に関係する選手だった。日本のメダル獲得数は金17個を含む52個を獲得した前回のアテネ大会からは大きく減ったが、“表彰台”を超えた挑戦の軌跡は健常者をも奮い立たせるのに十分な熱い戦いだった。
○…競技に臨む障害の区分が見直され、軽度な選手はより軽度な、重度な選手はより重度な区分で戦うこととなった。前回まで3大会で15個の金メダルを獲得した競泳(運動機能障害)の成田真由美選手(神奈川県)は、3度にわたる股(こ)関節の手術と1年8カ月の入院を乗りこえての復活もメダルなしに終わった。一方で、陸上男子円盤投げ(車いす)で還暦の銅メダリストとなった大井利江さんや、練習中の事故で脳性マヒとなった元競輪選手の石井雅史選手の金銀銅3個のメダル獲得など、明るい話題は尽きなかった。
○…7競技10選手が出場した静岡県勢は、競泳の日本選手団主将を務めた鈴木孝幸選手(21)=早大4年、浜松市北区出身=が50メートル平泳ぎ予選で世界新をマークし、決勝でも2位のスペイン選手に0・86秒の大差で金メダルを獲得した。鈴木選手は150メートル個人メドレーで銅メダルも手にした。静岡新聞に載った言葉は競技者だった。四肢が欠損して生まれたが、「(障害者への)メッセージを伝えるために泳ぐという感覚は、僕にはない」。それでも「何らかの思いを抱いてくれればいいですね」と少し照れくさそうだったという。
○…16年前のバルセロナ大会から5大会連続出場となった全盲スイマーの河合純一選手(33)=浜松市西区出身・在住、県総合教育センター=は、100メートル背泳ぎのメダルこそ100分の8秒差で逃したが、100メートルバタフライで通算20個目のメダルとなる銅メダルをつかんだ。50メートル自由形は4連覇は逃しながらも、接戦の2位争いを制しての銀メダル。優勝したスペイン選手が6歳の時の「スペイン・バルセロナ大会が初パラリンピックだと言ったら驚いていた」という談話はベテランらしかった。
○…大会閉幕の前日、陸上男子走り幅跳び(切断など)で山本篤選手(26)=スズキ、掛川市出身=が銀メダルに輝いた。中学、高校とバレーボール選手だったが、高校3年に上がる春休みのバイク事故で左脚を切断した。懸命のリハビリと義足走法の習得、アテネ大会の出場をあと一歩で逃すなど苦難の連続だったと静岡新聞にあった。北京でも2回のファウルという重圧をはねのけての大ジャンプ。アテネ五輪と北京五輪に2選手を送り込んだスズキ陸上部にとって、オリンピック、世界選手権を含めて初めての「世界の表彰台」となった。
○…1988年のソウル大会から五輪と同じ年に同じ都市で開かれるようになり、アテネ大会からは組織委員会も五輪と共同となった。日本選手団も長野冬季大会以降、五輪代表と同じユニホームが支給され、五輪の興奮冷めやらぬ中で世間の注目も集めるようになった。取材陣も五輪の運動記者主体から社会系を中心とした一般記者主体に変わるが、現地から送られてくる記事量は「国際総合スポーツ大会」にふさわしい。ただし、同一競技における障害区分や障害に応じた競争形態など、通常のスポーツ記事以上に説明も必要になるが、取材者にとっては説明過多で逆に分かりづらくなるのではという懸念もある。
○…山本選手の銀メダル獲得の見出しは「会心の5メートル84」とあり、記事では「3回目で5メートル84を跳び2位に」とあった。普通で考えれば3位以下の跳躍は山本選手の距離に及ばなかったことになるが、競泳などのタイムレースとは違った。8位までの選手が山本選手を上回る6メートルジャンプを披露した。しかし、記録は障害の程度による係数で割り、算出されたスコアで順位が決まった。健常者大会との記録の相違を説明すると、記事の分量が増えると同時に、読み物としての「すっきり感」が薄まってしまう。記事に盛られた情報の優先順位から切り捨てることも必要だが、独特なルールの説明不足は本筋を欠く場合もある。
○…静岡県勢はこのほか、車いすテニス女子ダブルスで堂森佳南子選手(33)=さいたま市在住、吉田町出身=のペアがベスト8入りし、車いすバスケ男子の藤本怜央選手(24)=仙台市在住、島田市出身=は、バルセロナ五輪サッカー男子代表候補で元Jリーガーの京谷和幸選手らと活躍。チーム最多得点をマークする試合もあり、7位入賞に貢献した。自転車男子タンデムスプリント(視覚障害)で大城竜之選手(36)=東京都在住、浜松市浜北区出身=組、競泳女子100メートル平泳ぎで看護師の野村真波選手(23)=静岡市葵区出身、神戸市=は、ともに4位でメダルにあと一歩だった。
○…柔道女子52キロ級(視覚障害)の土屋美奈子選手(18)=県立浜松視覚特別支援学校高等部専攻科1年、伊豆市出身=は、柔道日本選手団の最年少ながら5位入賞と健闘した。香港が会場となった馬術の渋谷豊選手(49)=浜松市中区在住、菊川市出身=は、馬術唯一の日本代表として、香港日本人学校に招かれ、児童にあきらめずに頑張ることの大切さも伝えた。陸上男子マラソン(視覚障害)の新野正仁選手(51)=磐田市在住、出身=は大会最終日の北京路に県勢最高齢の勇姿を披露した。「特別」を超えた、もう1つのオリンピックである。
(9/22 掛井 一也)