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2004年「Webコラム一灯」

 言葉の沃野を

2004/12/31

  新春恒例の宮中行事「歌会始」が、14日に皇居・宮殿で開かれます。お題は「歩み」、入選10人の最年少は、大阪市の高校3年生です。18歳の彼女が通う学校では、総合学習の一環として1年生が週1時間、和歌を学ぶなど全学年で取り組んで成果を挙げているといいます。

 

 ∋ 友達や大切な人との仲をもっと深めたいとの思いを込めたという入選作について、作者はよく考えたというよりパッと浮かんだ、という言い方をしています。勝手な想像ですが、単に直感のイメージが生んだというよりは、和歌を詠むという校内文化があり、だから常に考えあぐね模索し、その過程を経て感性を反映した「創造」が可能になる。ふっと突き抜けるような瞬間が訪れ、迷いや執着が消えて清澄なイメージが固まるのではないでしょうか。

 

  国語力という「力」があるらしく、その不足を懸念する声が高まっています。国語は、独自の言葉という道具を駆使して表現する伝統や歴史、文化とその背景、そして行く末への見通しなどです。つまり、文化や教養といった、暮らしの中でしか知り得ない知識の基礎・蓄積があり、安直に手に入れることはできない途方もない集成のはずです。

 

  どうも違和感を拭えなかったのが、例の「OECDショック」です。経済協力開発機構が、40カ国・地域の15歳を対象に実施した「生徒の学習到達度調査」で、日本の高校1年生は、4つの分野のうち読解力が前回2000年調査より大きく順位を下げたというのでした。他国との競争意識むき出しに、日本の子どもはだめだ、という短絡的な悲観論が蔓延(まんえん)したのです

 

  ちょっと待ってほしい。文章を読み取る読解力、その裏づけとなる知的な姿勢がおとな社会に十分にあるでしょうか。総理大臣のあの「ワン・フレーズ」スタイルに如実です。とっさの反応、状況を整理して手際よく反論する能力は認めますが、その人なりの哲学や思想性はまったく感じさせません。簡便な対話らしきもの、いやそれすらも拒絶する空気が日本を覆う深刻な病理ではないでしょうか。そしてその要因として、政治の世界の言葉と知性の貧困、責任意識の希薄さを挙げざるを得ません。

 

  調査結果に、お役所がまたぞろ右往左往しています。やれ国語の強化だ、朝の読書時間の増大だ、などと打ち上げます。そもそも学力低下の原因はどこか、とA級戦犯探しまでやっています。「ゆとり教育」とかは哀れなもので、既に雲散霧消の気配です。首尾一貫しないこと甚だしい。そして教育の主役である子どもたちは蹂躙されるのです。

 

  そうではないでしょう。調査で最も深刻なのは、「自由記述」の問題を中心に問題に全く解答しない「無答率」が極端に高く、できない問題はあっさり投げてしまう傾向がうかがえる、と指摘されたことです。知識を得ることへの喜びを知るどころか、入り口の段階で早くも忍耐がきかない。「堪(こら)え性」がないのです。文章表現以前に、自分の意見がなく、だから理解を求めて訴えようという意欲が乏しい、と嘆く声もあります。

 

  ノーベル賞受賞者の講演を何度も聞きました。多くは”理系”分野の方々ですが、”日本の知性”は、仮に専門の話から説き起こすにせよ、一様に印象づけるのは、哲学や社会思想大系、宗教などについての深い見識と、社会全体の向上に向ける情熱、使命感、志といったものです。宇宙観と言ってもよいかもしれません。試験管や顕微鏡の微視的世界を語りつつ、明らかになるのは、歴史における「いま」の意義、そこに果たすべき人としての責任なのです。当然、大局を披瀝することになります。

 

  多弁な構成員が多いようにみえる「情報化社会」ですが、実は紋切り型の「擬似コミュニケーション」が支配的です。一見、小難しい理屈、表現を述べても、内実が伴わない。底浅いことがすぐに知れてしまいます。豊かな感情の裏づけがないから、せせこましい印象が先立ちます。言語が凶器化しているため、刺々しい空気がはびこります。

 

 ∋ 悪意や憎悪が目立つ「言葉の荒野」に幼い命が育っているのです。そこが深刻だと思うのです。現状に楔(くさび)を打ち込めるのは、知性といたわりに満ちた教養の復活だと考えます。近道はありません。明治の時代から、指導者は遊学しました。歴史に彩られた外国の教養主義にも学びました。そして日本独自の文化への誇りを回復してきたのでした。物事を突き詰めて考えるという難儀な作業に耐えられる知力を、まず培わなければなりません。読解の原動力は「忍耐強い知性」です。分野を問わず事実を凝視して謙虚になるのが、教養人の第一の素養です。それを養うためにこそ、指導者=教師の能力が問われるのではないでしょうか。教師自身が自らの在るべき姿を見失い、挫折していては、教育の責務は果たせません。ぎすぎすした社会を言葉の沃野(よくや)に変えるための一歩を踏み出したいものです。

(鮟鱇)




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