∋ テロリストに強要された”自衛隊撤退を求める”小泉首相への嘆願の言葉に続いて「すみませんでした。また日本に帰りたいです」と語るビデオ映像を思い起こすと、あらためてやりきれなさが募ります。搾り出すような「すみません」が、胸に突き刺さっています。
∋ 10月23日ごろイラクのバグダッドでイスラム過激派武装勢力に拘束された香田証生さんが、変わり果てた姿で発見されました。残忍な殺害の手口、人間の所業とはとても思えません。24歳の若者が、戦争の実相を知りたいと現地に入った。宿泊を断られ、帰路のバスの便にも恵まれず、硝煙のただ中に取り残された。人質になり、銃口におびえ望郷の念を語る彼は、「すみません」に何をこめたのでしょうか。
∋ 発見の前日、別の遺体をめぐって政府の情報と対応が混乱しました。未明から誤報が走り、午後に取り消されました。絶望で床に伏した両親は、一度は安堵の胸をなでおろしただけに、翌日の殺害確認の報は、ことさらむごい結果になりました。「なぜ、こんなことに」という思いだったのではないでしょうか。
∋ その両親が、最愛の息子を失った例えようもない悲嘆に打ちひしがれながら、「支えていただきました多くの方々に大変なご心労をおかけしましたことを心からおわび申し上げます…」と、まず謝罪しているのです。証生さんの「すみません」に通ずるメッセージは、イラクの平和への祈りで結ばれていました。自宅を訪れた市長にも、「迷惑」を繰り返しわびたと報道されています。善良な市民、家族を容赦ない悲劇が襲ったのに。
∋ テロリストの凶行は、むき出しの悪意と憎悪でネットの世界を利用します。大義だと称する理屈とともに、”処刑”の映像を流す。武装組織には、電子媒体に詳しい宣伝担当がいるとされ、”効果”を計算した上で無辜(むこ)の市民を標的にする。いわゆる弱い相手「ソフト・ターゲット」だからです。”要求”を突きつけるが、それが達成されるはずもないことは承知している。恐怖を拡散することが目的化しているのです。最初から殺害をもくろむ冷血が、人間としての感情をもてあそんでいます。そこには、どのような正当化もありえません。
∋ かかる蛮行への怒り、憎しみこそ「テロ撲滅」の第一歩です。もっともらしい「自己責任」論にかき消されるようなことがあってはなりません。それこそ、テロリストの思う壺です。極限に立たされた青年が「すみません」と述べ、つましく生きてきた家族がわびる。同胞はその悲痛を見逃さないはずです。「世論」は、同胞の悲しみに冷淡な、空疎な多数意見ではないはずです。
(鮟鱇)