∋ 10月末、土曜夜の浜松市繁華街・肴町は人で埋め尽くされていました。路地の両側の店舗前にはいくつも脚立が組まれ、カメラを構える初老の男性が目立ちます。最前列に陣取った面々は、窮屈そうに路面に座り込んでいます。後方から「見えないぞ」などと声が飛んでくるのです。
∋ 哀調を帯びた胡弓の音とともに、20人ほどでしょうか、唄い手、囃子方、太鼓、そして踊り手の一団がゆっくりと過ぎてゆきます。目深に編み笠をかぶった女性の踊り手の顔はうかがい知れず、うなじが妙に艶っぽく見えます。指先の動きはしなやかで、優美です。なじみの「風の盆」の町流し”浜松版”というわけです。都市の一角に、幻想の空間が広がるようです。
∋ 商店街の「発展会」が、買い物客に楽しんでもらおうと企画した「越中おわらの夕べ」で、富山県八尾町から「民謡おわら保存会諏訪町・西新町支部」の会員を招いたそうです。踊りの由来や歴史、見どころなどを盛んに解説する声が観衆から聞かれるのは、既に本場を訪れたことのある人たちが、旅情をかきたてられているのでしょう。
∋ おわらの踊りが最も映える町並みとして知られるのが、八尾町の諏訪町通りです。町内を流れる井田川方向へとなだらかな石畳の坂が見通せます。電柱は一本もなく、所有者それぞれが思い思いに意匠を凝らした昔ながらの風情の家屋が続きます。「日本の道百選」に選ばれたように、毎年9月1-3日に20万とも30万人ともいわれる観客を集める日本有数の名所の中でも、随一の人気を誇ります。通りのデザインに、明らかな意図が読み取れます。井田川べりの高い石垣に軒を重ねる家々は、格子戸、土蔵造りなどで、禅寺橋の美しさもあいまって、坂の多い地形に合致して詩的な雰囲気を醸しています。
∋ 元禄にさかのぼるおわらの歴史は、大正-昭和にかけて変革期を迎えます。保存会を指導した医師・川崎順二の働きかけで幾多の文人が町を訪れて愛し、”おおわらい(大笑い)”に語源をさかのぼるとされる庶民の芸能を洗練することに貢献しました。舞い、三味、太鼓、胡弓が「四季の踊り」に集約して仕立てられましたが、当時、越後ごぜの奏でていた胡弓を取り入れたのが大きかったようです。
∋ 「おわらの町 和紙の里」と銘打った八尾町役場のホームページの題字には、風の盆の写真があしらわれています。総面積236平方㌔、人口2万2000人余、世帯数が6400の山村は、IT(情報技術)の積極的な導入、ハイテク企業の進出でも知られています。地元のケーブルテレビ局を訪ねました。若いスタッフに活気がみなぎっていました。風の盆のシーズンには、実況中継を流し続けるそうです。
∋ 20万、30万人もの人が押し寄せれば、それこそ立錐の余地もないだろうことは容易に想像できます。観光会館(曳山展示館)で会ったガイドは、「宴の後は、弁当屑の膨大な山ですよ」と苦笑していましたが、それでも秋風の時季には、豪雪の里が、町を出た若者も戻ってにぎわいを回復する。
∋ 各地で商店街の空洞化、衰亡が危惧されています。車時代を迎えた時代環境が影響しているのは間違いありませんが、手をこまぬいているわけにはゆきません。人を吸引する手立てに苦しんでいるのは既存の繁華街共通です。浜松市肴町の試みは、20人ほどのおわら衆の登場で町の空気が変わることを立証してみせました。都市づくりを”企画”することの意義-。暗示的です。
∋ 13回を数える静岡市の「大道芸ワールドカップ」は既に名物になっています。今年は5日間で過去最高の219万人を集めたといいます。夜の呉服町に人だかりがしていました。チェコからW杯に参加した14歳の少年のジャグリングの妙技とダンスに沸いています。狭い道路空間が即席の劇場となって、軽快な音楽とともに観衆参加のイベントに昇華しているのです。「道」がキーワードだと思います。路地、街路、商店街には郷愁と新しい可能性があります。衰退は「道」から始まるかもしれませんが、再生の知恵、その萌芽もまた「道」にひそんでいるように思うのです。
(鮟鱇)