∋ 静岡市の中学校で起きたカッターナイフによる傷害事件に絡んで、関係者の名前や住所などを聞き出そうとする不審電話が生徒の家に相次いだ、と報じられました。中には警察署員を名乗り、名簿を要求する例もあったといいます。詳しい情報を入手しようという関心なのか、興味本位なのか。いえ、そんな範囲を超えて、陰湿な悪意を感じてなりません。不気味な話です。
∋ 奈良市の小学1年の女児が下校途中に誘拐、殺害された事件は、実に残虐な様相を呈しています。犯人とおぼしき人物が、女児の携帯電話を依然手にしており、母親の携帯に「次は妹を狙う」と犯行を予告するメールを送付していたことが明らかになりました。まるで自らの悪業に酔うかのように、捜査陣に対して”足取り”や行動の痕跡を誇示する犯罪者が続いたことがあります。「劇場型犯罪」などと報道されることを楽しんでいるかの気配もありました。
∋ 何の故なく愛娘を奪われ、悲しみの底にある両親に同情を禁じえません。その上にいたいけな2歳児に魔手を伸ばそうと、あざ笑うごとく知らせてくる。鬼畜という言葉がありますが、とても人間のやることとは思えません。遺体の写真を送られたこともありました。メールの内容に、衝撃と不安、恐怖で両親は激しく動揺しているそうです。母の慟哭(どうこく)を想像するだに、たまりません。
∋ 異常、偏執、猟奇が、見えない世界にうごめいているようです。それほどに殺伐とした社会なのでしょうか。善意は遍在し、善行に涙する人々もいます。一方で、殺意の刃を研ぐ人間が潜んでいる。毒牙にかかる幼子の悲劇を目のあたりにする。人という存在自体に疑念を向ける時が訪れます。コミュニティーが、こうして善悪とりまぜて構成されていることに暗然とすることもあります。
∋ 検挙にまさる対策なし、といいます。闇に隠れてほくそえんでいる鬼畜を、地域社会で包囲することが不可欠です。近隣、仲間、家族の親愛の情を結ぶ紐帯を見いだすことです。そして彼らをあぶりださなければなりません。警察のきめ細かな巡回が必要でしょう。そのために人員を強化することを議論しなければなりません。今は、治安のためのコストに耐えなければならない深刻な状況ではないでしょうか。
∋ 暮れが押し詰まっています。東京・世田谷で一家4人が惨殺された事件から、もう4年になるのだと、テレビのニュースが伝えています。
(鮟鱇)