∋ 真夏日記録を更新した”異常気象”、どうなることかと本気で心配していました。さしもの酷暑、炎暑、怨暑も、10月となってみればよくしたもので秋風に追い立てられています。若い女性の大胆なファッション、特にあの何と言うんですか、へそ出しルックはどこへ行ったでしょうか。下着風の外出着、あれも凝視すれば怪しまれるし、目のやり場に困ったものです。
∋ 流行の背後にあるものが何か。時代を映す美的感覚や思想、機能性もそうでしょうが、やはり一種の「自己主張」だと思います。どこに美しさや斬新さ、色香や知性などを求めるかは人それぞれですが、概して「ほどほど」を超えた「過剰感」を嗅ぎ取ってしまいます。肌の露出など、そこはかとない個性をにじませるおしゃれとはどうも違うし、陳腐ではないか。かつてない物質的豊かさを得たインフレ的暮らしに影を投げかけるのが、「この選択でよいのか」という迷い、充足とは無縁なデフレ感ではないでしょうか。
∋ 「和」がブームだそうです。ここ数年、大正ロマンとか昭和レトロとかを耳にします。確かに大正昭和初期の「遺産」を眺めると、静謐(せいひつ)な美、知性を漂わせるゆとりと機能美を読み取れます。世界でもてはやされる経済大国ではありませんでしたが当時の日本はそれなりに成熟し、人々は鷹揚で「大人」であったように思うのです。つまり、粋(いき)でした。「よき時代」への郷愁に駆り立てられるのは至極当然です。
∋ 「大正ロマンに見る美 粋人(つう)のお洒落 羽裏の美展」というのを鑑賞しました。羽裏とは羽織の裏地のことで、京都の老舗(しにせ)友禅工房が保存してきた見本帳の展覧から、明治・大正・昭和前期の風俗、審美眼をうかがい知ることができました。精緻な図案デザイン、豊かな色づかい、大画家の作品もあります。和の暮らしに咲いた、まさに庶民の芸術だと圧倒されました。
∋ 羽裏ですから、脱いだ時にしか見えないものです。表地には豪華な素材、装飾を用いても、裏は手を抜くのが普通です。それを、模様(絵)に凝り、趣味的に仕上げさせたのです。当然、羽織ともども高くついたはずですが、粋人はそれをいとわなかった。花鳥風月はもちろん、流行も革新性もそこにはあります。高度な洗練、美意識が暮らしの道具の中に、伝統の技術として引き継がれてきたことがすばらしい。
∋ 工房では代々、呉服の裏地の染色加工技術の向上に情熱を傾け、友禅業界に名をはせたそうです。高級呉服とともに、アクセサリーにも応用しているようです。このコレクションは、海外でも高い評価を得たとか。日本の美術が世界の芸術家を刺激し、影響を与えたことが知られます。工芸も時代を超えて常に新しいといわれます。「和」は、分野を超越して諸国に支持されているのです。つつしみ、奥ゆかしさなどが、ほんのりと主張する芸術性、それは「秘すれば」こその美です。ぜいを凝らし、過剰な装飾を仕立てるのもよいでしょうが、人々が今向かおうとしているものとは、どうも異なるようにみえます。
(鮟鱇)
※Webコラム「一灯」は、ShizuokaOnline.comを運営する静岡新聞社・静岡放送 総合メディア局のスタッフが執筆するオリジナルコラムです。時事問題を中心にさまざまな話題を取り上げていきます。