∋ 大リーグ・マリナーズのイチロー選手の数々の記録にいろどられたシーズンが幕を閉じました。「262」の最多安打の歴史的快挙とともに、彼の人物・素顔も語り尽くされた感があります。いまさら素人が、稀代のバットマンを評論することもないでしょう。ただ、不思議に記憶に残るコメントがありました。
∋ かつての同僚佐々木投手の一言です。「彼(イチロー)は野球小僧ですよ」。なるほど野球伝道師の強烈な使命感を胸に、わき目もふらず、冷静にプレーするようにみえるが、「趣味人」の隠れた素顔、好きなことを好きなままに楽しむひょうひょうとした表情がありそうです。ロッカールームをともにする人らしい評だと思いました。
∋ ストイシズムという語があります。克己、禁欲などと訳します。辞書には、「感情にとらわれず、快苦に惑わされない」「厳格な義務感」などと出てきます。無愛想ともみえる窮屈なまでの態度、プレー以外での評価の介入を許さない誠実さ、徹底した自分流へのこだわりに、周囲は「求道者」のモデルを求め過ぎたのかも知れません。イチロー本人が、「野球は趣味か仕事かと聞かれれば、僕の場合はバリバリ趣味です」とこたえています(3日付け静岡新聞朝刊)。
∋ とはいえ、ただ楽しむだけでは一流になどなれるはずもありません。彼を「力」という視点で眺めてみました。まず「目標設定能力」、つまり「志」の確かさがあります。彼は、「技術的にだけでなく精神的にも一段上に行くチャンス」として、野球を選択したと言っています。
∋ 「視力」がすぐれているのも驚異的です。米国の仲間は、「彼はみんなに見えないものを見分けられる」と賛辞を寄せています。打席での選球眼はもちろんです。アスリートとしての動体視力でしょう。それ以上に、野球の本質を見抜く「洞察力」のことです。パワー信仰が早晩行き詰まり、この競技本来の姿に回帰することを予測していたと思います。技とスピードの威力です。足の速さ、強肩、鋭いバットスイング。ドーピングに行き着いてしまったパワー信仰の対極にある「基礎体力」は、小柄な選手をはじめ、だれにも等しく与えられた財産です。イチローはそれを、磨きに磨いたのです。
∋ 何より「脳力」です。これも同僚の評です。「彼はスマート(頭がいい)」と言うのです。状況を読み、先を予測し、自らの対応を瞬時に判断する。脳力は、経験が生み出すものでしょう。これらの「力」が「野球小僧」に結集したのでした。確固とした生きがいを手にした者が持つ自信と充足の先に、「勝負の世界の醍醐味」を「わくわく、どきどき」楽しむ趣味の世界がありそうです。30歳の若さで、彼は飄逸(ひょういつ)の境地を知ったのではないでしょうか。まさに一種の悟りです。やはり凡人には遠い、求道者の世界です。
(鮟鱇)
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