∋ 衆院解散をめぐる報道で、小泉純一郎首相の名前になぞらえてか、「純化」路線という言葉が使われていました。揺れる議員心理に切り込む姿勢が強烈でした。郵政民営化賛成か反対か、旗幟(きし)鮮明 にせよ、これは親小泉か反小泉の選択なのだ-と匕首(あいくち)を突きつけているのです。
∋ 自らが属する党内の反対派を「抵抗勢力」と呼び、彼らが牛耳る自民党をぶっ壊すというのが、小泉氏の口ぐせです。何度も何度も聞かされているうちに、奇妙な善悪二分論が忍び込んできます。もやもやした気分に、「抵抗勢力唾棄(だき)すべし」「抵抗勢力は排除だ」という“正義”が巧みに訴求するのです。
∋ 国会の場でもそうでした。追及にひるむどころか、郵政民営化は年来の持論だ、アメリカに言われて掲げたなどとはとんでもない言いがかりだ、そもそもこの政策をマニフェストして総裁選も国政選挙も戦ってきた、所信表明でも施政方針でも述べた、それをいまさらのごとくに反対したり法案の欠陥をあげつらうのは理に合わない、ましてやそれが身内の所業だとすると許せない-と反論します。ご説の通りです。
∋ キャッチフレーズとしての「郵政」は耳にたこができるくらい聞きました。中身は省略して「民営化」という短い言葉に集約されると、理解できた気にはなります。ただ、その歴史的意義について、唱道者から素人にも分かる説明をていねいにしてもらった、という充足感はありません。どのテーマでもそうでした。明快な「小泉語」が連発されます。なるほど、とうならせます。その後の手続きはいわゆる「丸投げ」で、御用学者や審議会の出番になります。
∋ 成果を評価する声もよく耳にします。先日、「踊り場」脱却宣言があったように、景気は実際に上向き、株式市場は好調を回復しているようです。銀行の不良債権処理も、強権的なやり方に対する不満が関係者に残るものの、結果からして当初のもくろみに沿っているといいます。ぐずぐず言うな、それでいいじゃないか、となります。しかしもかかしもあるか、と叱られそうですが、それでも「しかし」との思いが残ります。
∋ 「純化」によって選別されてゆく人々はどう受け止めているのでしょうか。小泉手法の良し悪しは別として、理解できないのは、名指しされた抵抗勢力なる集団がまるで無力化してゆくことです。それこそ抵抗らしい抵抗もできない。十分に理論武装していないのではないか、と疑います。
∋ コップの中のあらしでしょうか。”局地戦”のような応酬はるあのですが、論客による見ごたえある対決の場面がないと思います。政党政治が随分活気を喪失しているようです。戦後60年の節目に、議会人は還暦を迎えた政治のふさわしい姿を見せて欲しいのですが、さっぱりです。個別の課題の成否より、むしろそのことが物足りないのです。
(鮟鱇)