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2005年「Webコラム一灯」

 言葉の漂流 戦無派の物思い(6)

2005/08/20

  戦後60年の日本政治を主導する小泉純一郎首相は、確かに特異な政治家のようです。小泉流を表現するキーワードを整理すると、「ワンフレーズ(一言)と説明不足」、「サプライズ(驚き)」となります。「小泉語」とでも言うべき簡潔な単語の羅列と、世論の動向を本能的に嗅ぎ取って意表をつく人事手法です。

  イラクのサマワで、デモの発生など不穏な情勢が伝えられました。大きな扱いのニュースにはなりませんが、自衛隊による人道復興支援は営々と続けられています。これまでは幸い、戦闘に巻き込まれる事態はありませんでしたが、派遣は重大な政策転換につながる芽をはらんでいました。

  国会での応酬場面を思い出します。派遣の安全についてのワンフレーズぶりです。自衛隊の仕事は人道復興支援であり、戦闘地域には行かない、自衛隊の赴くところがつまり非戦闘地域なのだとの論法でした。米の主張に反してイラクに大量破壊兵器がなかったことをつかれた際にも、答弁の混乱があったように記憶します。説明不足だけではなさそうでした。

  年金未納問題が国会を覆っていた時期、首相も追及の例外ではありませんでした。例の「人生いろいろ」発言が飛び出したのですが、だからといって撤回するのではありません。一点突破の開き直りは見事といえるほどでした。ああだこうだと説明や弁明をしないのが「おれ流」なのでしょう。前言を恥じて職を辞した人とは随分な違いです。

  言葉の効果をよく心得ているようにみえます。大相撲の貴乃花が負傷をおして出場してライバル武蔵丸を投げつけた大一番に日本中が沸いたことがあります。表彰の段になって自ら土俵に上がり、「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」と絶叫しました。くどくどと称えない。単語を区切ってリズムをつけ、余韻がどうの、などといわず、直截に言い切り訴求度を増幅する。なかなかの技量だと感じ入りました。高揚する千秋楽の雰囲気に実によく適合していました。「高揚感」演出は、小泉流言語術の特徴でしょう。

  好対照として思い浮かべるのが、大平正芳元首相です。政界屈指の読書家で、深い学識はだれもが認めるところでした。サイにたとえられた風貌とあいまって、人柄にも悠揚迫らざるところがありました。この大平さんが、話術を苦手にしていました。「あー・うー」と言葉が詰まります。まだるこしく、インタビューを聞いていても眠くなるほどでしたが、この文人宰相の訥弁はそれはそれで味わいがありました。虚飾と無縁で、豊かな教養がおのずと漂い、かえって説得力がありました。

  戦後60年の今、日本語ブームという奇妙な社会現象が見受けられます。国語の解析、話し方指南、古典や名作紹介などさまざまな形態を通して、国民固有の文化の所産である日本語の復権をはかる狙いでしょう。活字離れという、構造的で深刻な問題が指摘されます。人格形成の軸であった教養の価値が揺らいでいます。アイデンティティーの維持が危ういとされる状況でIT化と国際化は進展します。マニュアル化と機械化、外国文化や民族の流入が進み、伝統文化を軽視する風潮もみられます。日本語ブームは、爛熟の日本文化が迎えた国語の危機の裏返しの表れだと思います。

  ぞっとするような省略語が、会話に氾濫(はんらん)するだけならまだしも、書き物にも登場する始末です。例えば「エンコー」です。援助交際の略ですが、つまり若い女子がおとな相手に売春し小遣いを稼ぐ行為です。特におとな側の倫理道徳の弛緩、犯罪性が、この「エンコー」の響きによって希釈され、子どもの感覚まで麻痺させるのです。

  省略語によって、理念や哲学が語り尽くせるとはとても思えません。仲間うちでのコミュニケーションには有効でも、文化の産物として生き残ることはないはずです。極端に簡潔化された”身内言葉”で思考停止して、物事を突き詰めて考えるという習慣が失われてゆく心配はないでしょうか。複雑で解き明かし難い内面、心理、真意を表現するにはやはり、粘り強い言語習慣が欠かせません。いかに伝えるか考え抜き、説明するのです。教養=カルチャーを愚弄するいわゆる”軽チャー”化、説明を意図的に省く問答無用の世相には危うい感じを拭えません。リーダーたちには、日本語の漂流を食い止める責務があると思います。指導層はそのためにコストをかけ教養を磨いているのでしょうから、範を示して欲しいのです。

(鮟鱇)




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