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2005年「Webコラム一灯」

 読書民族の美学

2005/09/16

  新聞業界では、記者の書く記事に厳しい要件が課されます。事件事故などのニュースを伝えるのが主軸ですから、「だれが、いつ、どこで…」のいわゆる5W1Hを外せません。正確で分かり易く、それを「中学生に理解可能な文章」といった言い方で叩き込んだりします。1段に11文字、長くても50-60行に必要な情報を圧縮して盛り込みますから、例の「逆三角形」が求められます。前から順に重要なファクターを書き込みます。どこで読み終えても文意を損なわないように、という狙いです。大型の記事でも、「見出し」に相当する「リード(前文)」だけで足りる文を書け、などとエッセンスを絞り込む技量も要求されます。

  余計な修辞や形容は歓迎されません。企画や特集を除けば、美文も無用です。何より同じ語を2度も3度も用いないのは鉄則です。短ければ短いほどよい文章ですから、繰り返しや重複で記事の文章量を増やさないようにするのです。そんなムダをするくらいなら、新たな情報を突っ込め、となります。語彙(ごい)の貧困が、無知無教養の証として忌避されることも背景にあります。

  しずおか世界翻訳コンクール10周年・県立中央図書館80周年記念の「国際文学シンポジウム」の多彩なプログラムのいくつかを聴講しました。作家・元ロシア語会議通訳の米原万里さんと文芸評論・翻訳の沼野充義さんの対談は、ウィットに富み、幾分の毒も含んで、なかなかスリリングなひとときでした。

  同時通訳、翻訳泣かせの「言い換えの美学」が話題になりました。日本は思いついても口に出さない文化だが、ロシアは形容過多のきらいがあるのでは、という沼野さんの指摘に、米原さんがそれこそ速射砲のように連発した実例が示唆に富んでいました。とてもメモしきれませんでしたが、例えば、かのゴルバチョフ氏ほどの人物を紹介するとなると、「元大統領」は当然として、「ミハイル」「ライサの夫」「ペレストロイカ(改革)の旗手」「グラスノスチ(情報公開)の体現者」「ソ連邦を崩壊させた」…と20種類くらいも出てくるのだそうです。話し言葉でも決して同一表現を繰り返さないのが、ロシアの言い換えの美学です。意地でも同じ単語を使わない。無知無教養を恥とするからといいます。

  ロシアは、世界でも最も読書好きの民族だそうです。言論抑圧の歴史は、社会を変革しようとした人々に挫折を余儀なくさせました。志半ばのすぐれた才能は文学に向かったため、ロシア文学は社会性が濃厚で、特に矛盾に向けられる視線が鋭い。確かに、文豪ドストエフスキーらの作品には、犯罪、幼児虐待など今日的なテーマが横溢しています。名作の宝庫を資産として継承するから、教育の場では徹底的に実作を読まされる、そして自然に読書好きのおとなになってゆく。

 ∋ 米原さんは、9-14歳の多感な少女時代をプラハのソビエト学校で学びました。5年間、日本の教育を離れて帰国しましたが、「本のおかげで」この際の試練を乗り切れたといいます。日本から船便で届く文学全集を20回くらいも貪り読んだそうです。「文学は精神のエキス」と表現していました。その言葉に胸に響く重みがありました。ネット上に情報が氾濫する時代ですが、豊富な言葉を持つには、本を「読む」しかありません。世界の舞台では、貧困な語彙では立ち行かないということでしょう。島国の民としては、殊に教訓としたいものです。

(鮟鱇)




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