∋ 真夏がぶり返したかのような酷暑の日、久々に浜松市の秋野不矩美術館を訪れました。木材を巧みに使った特徴ある建物に至る坂道を、樹林の影をたどるように登ってゆきます。中高年の夫婦らしい人々が目につきます。地味な色の日傘がゆったりと移動してゆく様子は、それ自体一幅の絵になっています。
∋ 美術展の企画が実るまでには、テーマ設定はもちろん、それに則した展覧作品をそろえる時間とエネルギーが必要でしょう。「華やかに…日本画にみる女の生き方展」は、天竜・二俣生まれの秋野不矩を中心にして3人の女性画家の名品を一堂に、至福のときを与えてくれました。
∋ 図録によると、秋野、広田多津、三谷十糸子はいずれも、日本画家・西山翠嶂主宰の青甲社塾の門下生で、研鑽の時期が重なるようです。線のタッチ、色づかいも3者3様ですが、今回展には女性をモチーフにした作品が並びました。印象的なのは、描かれた女性たちの目、視線です。
∋ 秋野「インド女性」「チャンパーの花」「地の祈り」の透徹の黒、広田「舞妓」「ひとり」「裸婦」の鋭利な輪郭、三谷「朝野」「夕」の少女の穏やかながら思索を秘めたそれぞれの「目」は、凛然として内なる声を表出しているようです。それはつまり、創造する存在としての作家の志そのもの、作品を借りてほとばしる画家の思いでしょう。
∋ 3人は明治に生まれ、大正、昭和の時代を生きて、職業画家としての道を歩みました。故郷の、自らの名を冠した美術館を訪れた画家に1度だけお会いしたことがあります。楚々とした和服姿の小柄な女性が、包み込むような話し方をするのが記憶に残っています。そのひとの絵筆が、インドという自然、風土、慣習に向かい情念をこめてすくい取る作業の力強さに想像をめぐらせたものです。
∋ 広田の描いた女性の、やや顎(あご)を突き出した所作にも、明確な意志が読み取れます。受け身ではない、行動する姿を予感させるのです。解説によると、戦後の日本画壇で、女性画家が活躍する舞台を切り開くのは相当の難事業でした。先駆的な彼女たちの業績に負うところが大きかったといいます。モデルの凛とした女性たちの特徴的なあの目、視線は、時代の先を見通していたのだと思います。
(鮟鱇)