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2005年「Webコラム一灯」

 「簡潔明瞭」の陥穽

2005/10/28

  先日、訃報が伝えられた元日本銀行理事、静岡新聞客員論説委員の吉野俊彦さんの業績については、小欄「二足のわらじ」でも紹介しました。日本を代表するエコノミストとしてはもちろん、森鴎外研究でも知られた”知の巨人”は、膨大な論文・評論、著作を残しました。異分野を同時に究めた知的作業は、凡人には神業にもみえます。自宅書斎だけではとても足りず、別棟の書庫を建てて蔵書を駆使していたのは語り草で、これを見る機会を得た知人は、圧倒されたと感想を漏らしていました。言葉を紡ぐ仕事の苦闘、奥深さを想像します。

 

  今の時代の美徳は、単純明快、簡潔明瞭でしょうか。忍耐や継続、くどい説明や説得などは歓迎されないようで、先の総選挙では、キャッチフレーズも映像も、劇場型と総称される広報戦略の道具になっていました。できるだけ短い、断言型の言葉、感性にストレートに働きかける敵味方の峻別、応酬の中身よりも視覚に訴える動画が、支持動向に大きく影響したといわれます。

 

  子どもたちの学力低下が国家的な課題といわれます。国語が忌避され、結果として読解力が他国に比べ著しく低下している。これが将来の文化の停滞、国際競争力の後退につながるのでは、と議論はにぎやかです。そのくせ、知を深める思索、言葉の鍛錬を社会制度として確立してゆこうという動きは緩慢です。

 

  「会社におけるいい上司」などという調査結果が報じられます。部下が、ごちゃごちゃ言わず物分かりのよいボスを望むのは当然のことです。耳障りな話からはできるだけ逃げ妥協してくれる、存在感は薄くて結構、いつも「いい人」でいてほしい。簡単に言えば「叱らない」上司が理想なのです。面倒を避けたいのは人情ですから、トラブルが発生しても原因を突き詰めたり、対策を練るといったことをせずに、その場をやり過ごせばよしとする。そして事態の再発や悪化を招く。

 

 ∋ 言葉を惜しむ空気があるように思います。おおやけの議論を敬遠し、一人の世界にこもる。IT(情報技術)の浸透は、自ら漢字を書く機会を奪い、簡単に情報を入手する道具は、物事を知るための「労」を無価値化してゆく。過去の経緯、歴史や伝統を含む蓄積などを継承する機会も減っています。

 

 ∋ 文学賞受賞者の低年齢化が話題です。日ごろ若者の活字離れと文字文化の衰退、読書離れを嘆く知識人の間では、「文学のお子様ランチ化」「出版社の売らんかな主義の反映だ」と酷評する向きが多いようです。それはどうでしょう。都会の電車車中で読書する姿を見るのはまれです。おとなの方がむしろ本離れしているように思えます。

 

  ウェブ上では、文字があふれています。ネット世代は自ら書く、という欲求、志向を強くもっているようです。ブログの増大もその傍証でしょう。活字を電子的に操るその技量には舌を巻きます。情報アクセスも巧みです。問題は、”読解”にたえる材料があるかです。共感や共鳴にいたる、文字通り豊かな情報が流通しているなら、文字文化の衰退などの懸念は不要になります。

 

  ところで、パスワードの付与やソフトのダウンロードの際などにずらーと出てくる「同意書」。あれはどうも。とても逐一読む忍耐を持ち合わせません。読解力の不足と契約意識の薄弱なことを暴露しているようですが。

(鮟鱇)




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