∋ 幼い女児ら家族とともに静岡市に赴任中で、この地での四季を体験している人が話していました。休日、公園に子どもを連れ出すと、チョウやトンボが舞う様子に歓声を上げた。そのことで自分も感動した。都会では、すっかり縁遠くなってしまった風景があると言うのです。子どもが戸外を楽しむ自然の恵みを認識できないことを恥じました。
∋ “昭和ブーム”だといいます。それも30年代と、時期が特定されているようです。そのころ幼児期を過ごした人々が半世紀前を回顧しているのでしょうか、周囲に影響を及ぼしているのでしょうか。それだけでは説明がつかないように思います。”レトロ”ということでいえば、明治にも大正にも関心が向いたもでのす。それが今、昭和なのはなぜか。
∋ 記憶をたぐり寄せてみます。30年代に思い入れのあるらしい人の話を織り交ぜてみると、男児なら大概、がき大将を核に群れをなして行動していました。カン蹴り、ビー玉、メンコ…と、広場や小路で遊びを繰り広げていました。女児ならおはじき、縄跳びといったところでしょうか。友人同士、互いの狭い住居を訪れて、迷惑がられるのも構わず、遊び場代わりに“占拠”しました。
∋ 子どもなりに対立や融和があり、交渉じみたことも行われました。喜びとともに挫折があり、悔しさも安堵も味わいます。おとな社会の縮図で、上下の従属や横のネットワークが形成されました。そこでしつけられ、社会のルールも自然に身についてゆきました。登下校の通学路はさながら子ども天国で、一種の聖域にもなっていました。
∋ その通学路が狙われています。わずか10日の間に、実に残虐な2件の事件が続きました。下校時に、小学1年、7歳の女児が殺害されたのです。学校と自宅の中途でこつ然と消え、ダンボール箱に、林道脇に、遺体が放置されていました。全く理不尽に生命を奪われる。亡くなった子どもの無念、親の気持ちを思うと、やり切れません。
∋ 事件は、模倣犯を生むとはよく指摘されるところです。それにしても、いたいけな命を奪うこのような事件の続発は異常としか言いようがありません。幼児虐待など、不気味な精神風土をうかがわせる空気が充満しています。子どもを標的にして罪の意識の片鱗すらみせないおとなの犯罪者の供述が伝わってきます。彼らの言葉には、驚くほどの幼児性が漂います。年齢が、善悪の判断、倫理、常識の涵養につながっていない。残酷さだけは肥大して、市民社会の隙をうかがう狡猾さをもって、体力的に抵抗できない女児を狙っているのです。
∋ 人々が無策であったわけではありません。IT時代らしく防犯機器を携帯させたり、科学技術を取り入れた安全策を教育したりしています。学校周辺での声かけ、保護者やボランティアによる同行も行われています。決め手とされるのが、近隣社会の再構築です。“お隣さん”感覚で、互いを気遣うような関係の回復です。それが、簡単ではありません。
∋ 閉塞感と表現される雰囲気が、社会に蔓延します。獲得目標や目的意識を持ちにくく、それゆえ達成感が乏しい。プライバシーの浸透により、不干渉が当たり前になりました。一方で、のぞかれない権利を踏みにじり、商品化するような輩が横行する。警戒が高じて、親近感が希薄になっています。住居にしてもそうです。密室性が高いことが要件になっています。いざこざやトラブルをも抱え込んで“互いの顔が見える距離”といったものが、測りにくくなっています。
∋ このような疎遠な社会では、関係を築くことが困難で、そのため他人に対する不寛容が生じかねません。犯罪者は程度の差こそあれ、“孤独”にうごめいています。人々が、互いの関係の中で自らを磨き、社会によりよく適合してゆく忍耐の作業ができない。それでなくとも少子化が進行しています。そして犯罪の増大。町から子どもの姿が消えるかも知れません。真剣に心配する時期にきています。昭和は、少なくとも善意の“よりどころの残る時代”だったとは言えるでしょう。
(鮟鱇)