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2005年「Webコラム一灯」

 砂上の楼閣

2005/12/08

  黒帯をつければ強くなるもんだ、などとうそぶく柔道好きの政治家がいました。恐らく真意は、「地位が人をつくる」ということだったはずです。比喩が適切だったかどうかは別として、地位には義務も責任も伴いますから、地位をこなすとはつまり、責任を十分に果たすのと同義です。外国では、「ノブリス・オブリージ」という表現があります。すばり「貴族の義務」です。戦場では例えば、弾が飛んでくる前線に立つことです。

  「責めを負う」のは、長く日本人の美学を支えてきた価値観、道徳でした。そこから忍従とか抑制、謙譲といった行動様式、恥を知るという奥深い自律の機運が醸成されたのです。逆に、「責任を避ける、逃げる」というのは、卑怯卑劣な、最も唾棄(だき)すべき態度なのでした。外国人が揶揄(やゆ)して、「日本人ほど日本人論を好む民族はない」と言います。日本が、常に自らの現実の姿を直視して自省してきた結果です。

  耐震強度偽造問題をめぐり衆院国土交通委員会で、2度の参考人招致が行われました。主役級が雲隠れを決め込んだ2回目は、予想通り議論は深まらず真相究明の期待を裏切りました。強い印象を残したのは、1回目の応酬でした。質疑の途中、参考人同士が、責任をなすり合い、怒声の飛び交う一部始終がテレビ中継されたのです。「見苦しいまねをするな」とは、幼い時からしつけられることですが、見るにたえないものでした。

  虎の子の財産をはたいて新築マンションを購入し、さあ、充実の暮らしをと意気込む矢先に、震度5強の地震で崩壊の恐れがあり退去を迫られることになった。居住者にしてみれば、怒声を浴びせたいのはこっちだ、との思いだったでしょう。テレビで、新しく入居したばかりの「わが家」から布団など最低限の荷物を運び出して、夜間、旧宅に戻って寝る家族の様子が流れていました。怒りをぶちまける手立てとてないのです。

  「お役所」という権威は、市民のよりどころです。何があっても、最後には何とかしてくれる、というのが安心感、心の支えになってきました。今は、「官から民へ」の金科玉条のもと、官が弱体化、無力化する印象があります。今回の事件の背景に、民にゆだねられた公的な仕事が、倫理の弛緩そのままに破綻したことがあります。やみくもに「小さな行政」「民任せ」のキャッチフレーズに走ることの是非が今後、問われるでしょう。

  事件は常に新たな悲劇を生みます。問題の設計事務所に構造計算を発注した建築士が、遺体で発見されました。自死とみられます。これまでも、個人が責めを負い、組織や集団がその犠牲の上に温存される例は、枚挙にいとまがありません。悲劇を繰り返さないためにも、組織的に責任を果たすことが担保されなければなりません。

  戦後日本は、営々と成長、繁栄への道を歩んできました。成功の根底には、国家としての倫理、国柄といった価値観があったと思います。今回の偽造の重大さは、そうした国の品格を根こそぎ無価値化する可能性をはらんでいることです。先進大国を築いたつもりでいたら、砂上の楼閣に過ぎなかったということにもなりかねない。前代未聞の恥部が露見して20日、とどまるところを知らない事態の進行を、よほど深刻に認識しなければならないのです。

(鮟鱇)




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