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2006年「Webコラム一灯」

表現の愉悦

2006/06/16

  反俗を貫き”仙人”と呼ばれた画家熊谷守一の美術館を訪ねた話を以前、この欄に書きました。近代洋画壇に輝く異才は、赤貧の中でも家計のためには絵筆をとらなかったいわれます。熊谷の二女榧(かや)さんが館主を務める美術館は、東京・豊島区、画家の旧居にあります。コンクリートがむき出しの素朴な造りが印象的でした。

 

  故郷藤枝市に在って作家活動を続ける小川国夫さんは、美術への傾倒でも知られます。『遊子随想 陽炎の道』(岩波書店刊)には、「中学時代は、戦争であわただしく、たくさん絵が描ける時勢ではなかった。堰が切れたように描き出したのは戦後であった」と、「画家へのあこがれ」に記しています。

 

  静岡新聞に連載されたこれらエッセーを読み返しました。「自然人」には、大学入学当時、熊谷守一のもとに出入りしたエピソードが綴られています。巷間、神に近い人と称された画家に寄せる若者の思い、交流の様子にはほのぼのとした空気が漂います。

 

  「旧制静高美術部」など、『遊子-』には、画家を目指したころを取り上げた文章が他にもあります。その小川さんから、仏画家モーリス・ユトリロについての話を聞く機会がありました。パリの街の壁を切り取って絵の具で塗り込めた、というほどに、この風景を好きで好きでたまらなかったそうです。画家の魂、一途な思い入れが、”妖気漂う”風景画を生んだのだと、語っていました。

 

  「ふじイメージ展」について、静岡市在住の染色工芸の鈴木健司さん、藤枝育ちの石彫家杉村孝さんから、構想を聞いていました。霊峰にして静岡県の人々には身近な存在でもある富士山を共通の主題にして、異分野の作家たちが見つめ直そうという趣旨です。絵画はもちろん、写真、工芸、建築、俳句など33人が賛同して作品を持ち寄りました。

 

  静岡市の「ギャラリーえざき」の会場をのぞいてきました。対象としての”ふじ”の無限の包容を感じました。表現手法によって、実に多彩で豊饒な表情をみせることが分かります。写実であれ抽象であれ、紡ぎ出されたイメージには、旋律があり、静謐があります。作家の情熱、惑い、達観がそれぞれにふじの表情をとらえています。小川さんは、「鷹の眼」を賛助出品しています。モノクロの洒脱な描線が際立つ”小川国夫漫画”で、枯淡の境地を想像しました。

 

  地元の芸術家、文化人らのネットワークが実らせた今回の企画には、富士山という風土がすくい取られています。情報が瞬時に、あらゆる境界を超えて飛び交うようにみえる電脳のこの時代にこそこだわりたい価値、それが風土です。

(鮟鱇)




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