∋ 日本芸術院会員の作家小川国夫さんの作品には、居住する藤枝市の街道や蓮華寺池周辺などが頻繁に登場します。同様に静岡市の用宗、焼津や小川(こがわ)の港、大井川河口、相良や御前崎などを舞台とした作品も多くあります。土地の言葉でていねいに語られる物語にはそれぞれの風土が濃密で、作家の鋭い観察が読者をとらえます。
∋ 小川作品の舞台を一望におさめる「高草山」は、その意味でも重要な「場」であることは間違いありません。ややかすんだ駿河湾西岸、志太平野をすぐ足元に眺め、小説世界を思い起こします。川端康成文学賞受賞作の「逸民」では、蓮華寺池の散策で知り合った同士が、高草山で邂逅します。“歩き魔”は、ひそかに足を伸ばしていたのです。
∋ 「東名高速道路」という随想にはこうあります。「静岡市の南西に、高草という山がある。…水牛の背中が水面から現れた格好をしている。麓の平地はちょっとした穀倉といった感じで、坦々とした田圃が、四キロほど東にひかえた駿河湾まで展けている。穏やかなところだ…」
∋ 標高501メートルですから、高山ではありません。焼津、岡部側からいくつかのハイキングコースが整備され、中高年にも容易に登れます。奈良の若草山を連想させるという名称も魅力かも知れません。深く生い茂った樹林、緑濃い茶畑が、眼下の海の薄い青と調和の美を醸します。古来、山頂は霊域とされてきました。同時に、魔の山とみなされることもあり、実際、暗く急峻な山道は人を迷わせ、遭難騒ぎもあったといいます。
∋ 小川作品をたどると、歩くという行為の奥深さを感じます。風土に寄せる思いの崇高さを味わえます。高草山周辺もそうです。徹夜の執筆の後、路地に寺社が焚く香をかぎ、作品の着想を得たことが何度もあったそうです。その小川さんがこんな趣旨の話をしてくれました。船乗りは陸地を見、山を遠望して大海の中で自分の位置を知る。高草山はそうした羅針のようなもので、この山を望むと、自分のいる場所が分かる。迷うことも多い散策の途次、高草を仰ぐのだ、と。
∋ 長い梅雨にさえぎられて果たさずにいたのですが、晴れ間がのぞいた日、急きょ車で農道に入りました。中腹の「笛吹段公園」では、ここならではの眺望を楽しみました。山頂方向を仰ぎ見ます。久々の太陽が真上から光を放ち、肌に痛いほどです。風が強く、白雲が、まさに駆けてゆきます。市街地から望むと、いまこの瞬間はどんな情景なのかと想像します。展望台のすぐ下には、石碑があります。その銘文の最初には、「母なる山」とあります。確かに、私たちを包容する風土です。
(鮟鱇)