∋ 静岡新聞朝刊の「教育@しずおか」に、「しずおかジュニア翻訳コンクール」で団体賞を過去3回連続受賞している県立富士東高の取り組みが紹介されていました。授業で翻訳の基礎を指導するなどコンクールへの挑戦に力を入れている、とあります。「しずおか世界翻訳コンクール」学生版の定着に注目しました。
∋ 「訳し方をいろいろ考えるうち、日本語の深さを実感した」という生徒のコメントが象徴的です。例えば英文和訳。英語の基礎能力が必要なのは言うまでもありませんが、翻訳と直訳は異なります。作者が企図する意味は、その言葉が使われている状況を十分理解してとらえなければなりません。実に多様な方言があるように、言葉は地域や歴史、風土にも大きくかかわります。進化するものでもあり、昨日と今日では違う意味になることもあり得ます。書き手の感情の反映でもあります。原作を読み込んで状況をイメージし、最も適切な日本語で作品世界を提示することになります。
∋ 「しずおか世界翻訳コンクール」は、地味ではありますが静岡県が誇っていい文化事業だと思います。三島市出身の詩人で企画委員長の大岡信さんは、第6回の応募要項パンフレットに寄せた文章で書いています。世界的に知られる翻訳家で日本文学のよき理解者であるドナルド・キーン氏に審査委員長を依頼した際、「文字通り嘆声を発して、『すばらしい』と絶句されました」。キーン氏も、日本文学の翻訳をぜひやりたいという人にとってこのコンクールは最高にありがたい、若い翻訳家に何よりの刺激を与え翻訳という人間に不可欠な仕事の重要性と有り難さを教える、との趣旨を語っています。
∋ 日本の優れた文学を世界の人々に紹介し親しんでもらうとともに、国際相互理解を進めるため、世界の言語を対象としたコンクールを開催する、としています。最優秀賞受賞者は、静岡県内の大学などに留学し、翻訳の研鑽を積むとともに日本の文化を学ぶことができます。
∋ 昨年9月、10周年記念にもなる第5回の表彰式に合わせて開かれた国際文学シンポジウムで、作家・ロシア語通訳の米原万里さんの話を聞きました。辛らつ、皮肉交じりでユーモラス、そして何より知的刺激にあふれた文明批評でした。プラハのソビエト学校に学んだ彼女とにって、日本から送られてくる文学全集は最高の贈り物であり、20回も読破し、本に感謝したといいます。原作に感動すると、どうしても訳したいと情熱を燃やすようになったそうです。
∋ ロシアでは、教育の場ではとにかく実作を読ませるそうです。読書の過程で、言い換えの美学ともいうべき多様な形容表現を知ります。彼女もドストエフスキーに没頭しました。「文学は精神のエキスである」と認識し、古典に新しい日本語訳を与えてみたいと念ずるようになったのです。言葉への徹底的なこだわりは、知性、教養を要求します。だから彼女の話には、広大な機知の世界が広がっています。言葉を探す作業は、おのずと知性を養うのだと想像しました。56歳の若さで逝った彼女の姿を思い出しながら、「教育@しずおか」の記事を読んだのです。
(鮟鱇)