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2006年「Webコラム一灯」

「瞼のインパール」 -情景06夏

2006/08/14

 ∋ 2005年12月に刊行された「瞼のインパール」を何度も読みました。一種の絵本で、第二次大戦中、6万人もの日本兵が犠牲になったインパール作戦を描いています。静岡市清水区出身の望月耕一さんが、自らの体験をつづり、自費出版したものです。

 

  その改訂版が、静岡新聞社が静岡県内のすぐれた自費出版物に贈る第6回静岡県自費出版大賞を獲得しました。主題を集約すれば、“戦争の狂気と悲惨”ということでしょうが、陳腐な表現ではとても言い尽くせない現実感が、一見さりげない墨絵と短文で見事に再現されているのです。

 

  戦局打開のため、と称して補給なき無謀な作戦は1944年3月から強行されました。英軍機からの重爆撃は言うに及ばず、行軍の兵士を「豪雨、赤痢、コレラ、マラリア…」が襲います。挟撃に遭う兵士たちが日本機を見るのは一度きりだったと記述しています。

 

  日本軍戦史に例のない「異常な戦」と望月さんは言います。「敵に殺されるよりはるかに多くの将兵が、退却に移ってから、飢えと味方の弾で死んでいった」のでした。飢えてなお歩かなければ日本兵に殺される現実。軍の上級者は恥を知らず無責任で、部下を見殺しに自らは逃げていったといいます。軍紀どころではありません。

 

  武器糧食、物量の違いに愕然とします。友軍兵士のわずかな食料を強奪し、新しい死体の肉を切り取って牛馬の肉と偽り売りつける者までいました。兵器を捨て軍人であることを放棄しても、それでも飯盒(はんごう)だけは持って歩いたのでした。そうした情景が、簡略化したような淡々とした筆運びで描かれました。訴えかける力は、それだけ強いと感じるのです。

 

  飛行機からまかれたビラを見て敗戦を知り、武装解除、英印軍の捕虜として重労働に服することになります。ドラム缶の風呂につかり、シラミをとる。「負けてよかった」という安堵に浸ります。報道員も死に、記録すら残っていない。望月さんはだから、瞼に焼きついた光景を、記憶を頼りに描きためたのでした。20歳代の若者が次々倒れていった地獄図です。ためらいはありましたが、周囲のすすめで自費出版したのです。

 

  反響は全国から寄せられといいます。そうだと思います。事実の重さにただ圧倒されます。兵士が「白骨街道」と呼んだ退却路を、記憶の彼方にやるわけにはゆきません。記録にとどめ、さらに後々まで伝えることで、この戦場に二度と子どもを送り込まないのだと覚悟が形成されるのです。

 

  英国で、米旅客機を液体爆弾で爆発させるテロ計画が摘発されました。逃れようもない高空で3000人もの生命が奪われる可能性すらあったといわれます。この大量輸送時代、だれもがテロリストの毒牙にかかる恐れがあります。一見、平和を謳歌しているようにみえる世界の裏側で、狂気と殺意がうごめいているのです。形を変えた戦争が続いています。やりきれない、重苦しい夏です。

(鮟鱇)




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