∋ 日ごろスポーツにとんと関心を示さない知人が、この夏は高校野球観戦にすっかりはまったようで、にわか解説者よろしく“評論”を開陳しています。確かに、甲子園の熱気を肌で感じます。静岡県代表として、古豪の静岡商高が32年ぶりの出場を果たしました。大舞台で伝統の静商野球を存分に披露したのが爽やかでした。残念ながら2回戦で敗退しましたが、初戦の快勝で一気にムードは高まったのでした。静岡市内の繁華街で、携帯電話を手に「おい、静商はどうなんだ」などと自宅に試合経過を問い合わせているらしい光景を目にしました。いても立ってもいられない、という雰囲気でした。
∋ ふるさと意識が喚起される季節です。同時に、汗と土にまみれた球児たちの真剣なプレーが巧まずして感動を呼ぶのです。あきらめを知らない応酬ですから、逆転、延長、サヨナラなどの劇的なシーンが続出します。すっかり希薄になったスポーツのカタルシス(心的浄化)効果が、今も甲子園に凝縮しているのです。
∋ 野球には、青春の記憶が刻まれています。娯楽が今ほどに豊富でなかった時代、草野球は子どもたちの運動、遊びはもちろん、社会体験、社交の場でもありました。楽しむことに貪欲ですから、三角ベースに木切れのバット、布のグラブでも気にしません。夕方暗くなるまで、使い古していびつになったボールを追ったものです。
∋ “ご近所”の路地や広場から、野球小僧が巣立ってゆきました。本場の米大リーグで今をときめく大スターとなったイチロー選手にも、野球小僧という勲章がふさわしいと思います。何より野球を愛しているのが分かります。先のWBC大会での高揚ぶりは、このスポーツの魅力をあらためて教えてくれました。そして、はるか昔の野球小僧にできればもう一度参加してみたい、という気持ちを引き出してくれました。
∋ 静岡市の社会人らでつくる野球チーム、その名も「野球小僧稔」が、軟式野球界で権威の高い高松宮賜杯第50回全日本軟式野球東海大会で優勝した、との記事が静岡新聞に掲載されていました。7年前結成のチームを構成するのは、20-40代の男性23人だそうです。ご多分にもれず「とにかく野球好きな連中の集まり」とのこと。河川敷での週1回の練習が結実したのでした。
∋ 日本の野球の祖が、俳人正岡子規です。野球殿堂入りしている子規は、雅号を「野球(のぼーる)」としたほどです。思い入れを込めた句も数多く、打者、直球などの訳語を残したとされ、自らもプレーに熱中したようです。不世出の文人を魅了したものは何だったのでしょうか。米国産の文化が、日本に移入され根付いていった経緯に興味は尽きません。
∋ 最近、プロ野球人気の低迷が伝えられます。スター選手が海外へ流出したり、盟主を自認し人気を支えてきたチームが成績不振であることなどが影響しているといわれますが、野球そのものが衰退しているのとは異なるように思います。日本の“文化”化した野球には、安直な人気取りなどをはるかに超えて、奥深いものがありそうです。だからこその、この夏の盛り上がりなのです。
(鮟鱇)