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2006年「Webコラム一灯」

駿河湾西岸と軽便鉄道

2006/08/25

  藤枝市在住の作家小川国夫さんの自選短編集「あじさしの洲」を読み直しました。「本線よりも軽い列車の響きを浩は感じていた」。表題作は、軽便鉄道の“乗り心地”への言及から始まります。あじさしが舞う大井川河口は、作品の重要なモチーフになっていますが、この風景に至るために「軽便(けいべん)」は欠かせませんでした。

 

  文学には、言葉を“聞き分ける”力が必要だと小川さんは言います。土地の空気を体感し、においを嗅ぎ取る。そして風土がはぐくんだ言葉の微妙な語感をすくい取る。人々の暮らし、考え方も感情も、さりげない言葉の中に凝縮しているのです。小説の会話部分では方言が使われます。作品が構想する奥深い世界は、“地の言葉”が導き出します。軽便の沿線には、そんな言葉が遍在しているのです。

 

  通路に立ち、つり革を手にする乗客の背と背が触れ合いそうです。シートに座った人が、車両の揺れでよろければ、向かい側になだれ込みそうにも思います。真夏の車内には、白い服、開襟シャツが目立ちます。窓は、全開になっています。エアコンなどなかったのでしょう。「満員の時もあったんだ」といった声が聞こえます。

 

  御前崎市立図書館で27日まで開催の「なつかしの軽便鉄道展」を見ました。戦後、藤枝市と袋井市を結んだ静岡鉄道駿遠線を、もうずっと以前、利用したおぼろげな記憶はありますが、車両内の様子まではとても思い出せません。展示室で放映中のDVD映像を、新鮮な気分で眺めました。大井川の木製橋梁を通過する3両編成は、見るからに軽そうです。簡易風力計がありましたから、強風は恐らく相当の恐怖だったと想像します。

 

  藤相鉄道と中遠鉄道が1948年に接続した駿遠線は、64.6㌔と日本最長でした。線路幅は狭く、車両も小さいため建設コストが低い軽便は全国に普及しましたが、高速輸送、モータリゼーションの波に洗われ廃止されてゆくことになります。展示物の中にも、未舗装の道路を傾きながら走る車の脇、東海道新幹線のガード下をゆく駿遠線電車の写真がありました。象徴的な光景です。

 

  区間により何度かの廃止を経て最終的に廃業になってから36年経過しました。感慨を誘うのはやはり「さよなら列車」のヘッドマークです。何枚かが展示されています。車窓とホームを結ぶ紙テープ、薄暮の駅で、列車を迎え、見送る人々でごったがえしている様子は、“地域の足”への愛着を証明しています。

 

  展示資料は、遠州佐倉駅付近から出土した細く錆びたレール、黒字に白文字の行き先表示板、塗装が剥げ落ちた手書きの時刻表、軌道敷点検用のハンマーとカンテラ、「駅長」「助役」らの真っ赤な腕章など、往時をしのばせる品々ばかりです。「乗車券拝見」の札、「食事中、しばらくお待ちください 出札係」の看板には、巧まざるリアリティーがありました。

 

  時の流れには抗することはできません。消えてゆく事物があるのも致し方ありません。ただ、人々の息遣いが刻み込まれた資産、その記憶を伝承する必要はあります。軽便の沿線で営まれた暮らし、そこで交わされる土地の言葉、住民の物語は、語り継ぐべきものであるはずです。

(鮟鱇)




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