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2006年「Webコラム一灯」

 「拿捕」と日本・ロシア

2006/08/31

  「拿捕(だほ))」。なんとも重苦しい語感、響きです。漢和辞典でひいてみました。「拿」は「力を入れてずるずると引っ張る」「手でつかまえる」、「拿捕」は「つかまえる、他国の船をとらえる」などとあります。久しく目にしなかったこの言葉が、メディアに頻出しています。

  冷戦の角逐に外交が揺れた時代、旧ソ連などに日本漁船が連行される、あるいは北朝鮮に…といった事件が続発しました。ポスト冷戦の恩恵で、常に北方の海の情勢に神経をすり減らす必要はなくなったようにみえますが、実際は波高い海洋では権益がぶつかり合い、外交の火花が散っているのです。

  北海道のカニかご漁船が根室沖で銃撃され死者が出た事件。大見出しの「拿」の文字に、北の海の現実を思い知らされます。中国、韓国との間でも、領海、権益をめぐる緊張が続いています。

  拿捕事件で衝撃的だったのは、ロシア側の発砲で若い乗組員が死亡したことです。「まさか」という驚愕と、「なぜ」という疑問です。こんな悲惨な事態を招くことのない関係が、日本・ロシアの間にはなかったのか。

  終戦時のソ連参戦、北方領土問題を背景に、世論調査ではしばしば「ソ連嫌い」が指摘されますが、静岡県とロシアの間には、開国の町下田市、旧戸田村、富士市を舞台にした息長い交流史があります。幕末、日露通好条約交渉で来航した軍艦ディアナ号は、安政の大津波で下田住民の救出にあたりました。修理のため戸田に向かう途中、沈没しますが、乗組員を住民が救助しました。戸田住民と船員の交流を描いたアニメ「幕末のスパシーボ」の製作といったニュースもありました。ディアナ号の重さ4㌧の碇は、富士市沖合で引き揚げられ、その後沼津市の有形文化財に指定されました。橋本龍太郎元首相とロシアのエリツィン元大統領の会談が伊東市で行われたことがあります。それもこうした積み重ねがあったからでしょう。

  外交は国と国との政治駆け引きでしょうが、顔の見えない相手と書面を通して対峙すれば済むものではありません。時にテーブルを叩き合いながらも、最後は人間対人間の知力、経験に基づくやりとり、相互理解に至らなければなりません。情理を尽くして相手を説得する場面は当然あるでしょう。「彼となら話せる」という関係こそ、目に見えない外交の基礎です。問答無用の武器の応酬にしないためにも、時間をかけて人脈を築いておく必要があります。この人脈は当然、草の根の紐帯を含みます。

  拿捕された漁船の乗組員2人がようやく解放されましたが、会見には痛々しい疲労感が漂っていました。同僚を失ったこと、船長を残してきたことが重くのしかかっているのです。家族も同様でしょう。事件の再発を防ぐのは、外交力です。表面上の平和の陰でもこの力が欠かせないことをあらためて語っています。

(鮟鱇)




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