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2006年「Webコラム一灯」

 岸信介という源流

2006/09/04

∋ 国立国会図書館のホームページを時々のぞきます。「史料にみる日本の近代 開国から講和まで100年の軌跡」には、吉田茂元首相の来栖三郎宛書簡、葉書の画像が掲載されていました。「敬覆、遂に来るものか来候。If the Devil has ason,surely he is Tojo.」といった強烈な英文交じりで、「軍なる政治の癌切開除去、…」などと敗戦を語っています。


  戸川猪佐武の大部の政治ドラマ「小説吉田学校」を夢中になって読んだころを思い出します。ワンマン宰相の名を欲しいままにした吉田茂が、官僚を中心にした「学校」の“生徒”たちとともに、党人派の政治家たちを相手に熾烈な権力闘争を繰り広げます。その系譜が、後の自民党政治に綿々と引き継がれてゆくさまは、清濁ともに迫力と活気に満ち満ちています。


 ∋ 見逃しましたが、映画化された時の配役に目をみはります。吉田茂=森繁久弥、鳩山一郎=芦田伸介、松野鶴平=小沢栄太郎、広川弘禅=藤岡琢也、岸信介=仲谷昇ら、風格の芸達者をそろえています。主だった登場人物を眺めただけでも、よく言うように「人材雲霞のごとく」の証明です。政治が、人間のあやなす壮大なドラマであることが理解できます。政治家がおしなべて小粒になったといわれるのも、その通りです。


  昭和史の大きなエポックとして刻されるのが、日米安保条約の改定でした。その後、日本は成長と繁栄の先進国への道をひた走るのです。安保改定と心中したといわれるのが、岸信介元首相です。晩年は、静岡県東部の御殿場市に居を構えました。それでも指南を求めて訪ねる政治家らがあとを絶たず、「御殿場詣で」の言葉がうまれました。


 ∋ 旧岸邸を訪れたことがあります。深い緑の中に、重厚な造りの建物が静かに佇んでいます。近代数奇屋建築の巨匠、吉田五十八氏の設計で、岸氏の遺族から市に寄贈されました。庭を見渡す部屋のソファに主人が座り、客人を迎えたのでしょう。座談では、歴史の裏面が語られたのかも知れません。襲撃に備えた工夫なども施され、政治が命がけの仕事であったことを物語ります。


  静岡新聞の地方版に先日、御殿場市が「旧岸邸周辺整備基本計画」を公表したと出ていました。「上質という価値観を共有できる憩いの場づくり」「別荘文化を基盤とする新たな御殿場文化の創造拠点づくり」を理念にしているそうです。旧岸邸を柱とした「岸邸記念館」を整備し、詩人・フランス文学者として活躍した堀口大学氏の偉業を紹介する「堀口大学文学館」を新設する計画もあります。平成20年4月とされる記念館の完成が楽しみです。


  先週、自民党総裁選に正式に出馬表明した安倍晋三氏は、岸元首相の母方の孫で、幼いころ祖父の膝で「アンポ、ハンタイ」とデモ隊のシュプレヒコールをまねていたというのは、よく紹介されるエピソードです。彼が仮に新総裁になれば、つまり新首相になれば、御殿場が再び政治史の中で注目を浴びることは間違いありません。同じく総裁選に名乗りをあげている麻生太郎氏は、祖父に吉田茂、義父に鈴木善幸氏をもち、総理の系譜に連なる政治家です。平成の権力闘争は、消化試合と揶揄される状況ですが、それでも保守政治のDNAが何代にもわたって脈々と続いていることだけは確かです。総裁選の帰趨がどうあれ、歴史の流れをたどる遺産を引き継ぐ意義は、大きくなれこそすれ、減ずることはありません。神奈川県・大磯の吉田茂邸も、御殿場の岸邸も、次代に残すべき貴重なものだと考えます。

(鮟鱇)                                           




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