∋ 帰宅の途次、カーラジオでインタビュー番組を聴いていました。インタビュアーの女性アナウンサーに応える声が若々しく張りがあります。80歳を超えた現在、中央アジアに居を構えライフワークとする遺跡調査に取り組んでいる男性研究者です。元気の秘訣を聞かれて、いくつかの回答の後、「それと、酒ですか」と笑っています。
∋ 現地の住民らと協力してスコップを駆使して発掘作業をしているけれど、生きている間に目標とする調査をすべてできるかどうか、と屈託ありません。ごくありきたりの政治状況に関する質問などに対しても、陳腐な答えではなく、土地、人々への愛情を感じさせる含蓄に富む応答でした。「好きなことをやっているわけですから」と気負いのない様子に共感をおぼえました。
∋ 高齢者と同居していて、惨めな気分になるのは、よかれと思ってする配慮をいともあっさりと撥ね付けられることです。老人は老人なりにわがままです。気がそわないことには決して妥協しない。その頑固さには閉口しますが、冷静になれば、配慮はあくまでこちら側からの発想であって、当人の心底からの希望をくんでいるかとなれば、はなはだ怪しいと思い至ります。
∋ 厚生労働省が、毎年9月に全国の高齢者上位約100人を公表する「長寿番付」の順位付けを取りやめることを決めた、という記事が静岡新聞に掲載されていました。氏名の公表を望まない高齢者が増えているのが理由だとあります。近く公表する今年分からは、同意を得られた人の名簿を順位をつけずに公表するといいますから、これも気遣いなのでしょう。
∋ そもそも「番付」公表の趣旨はどこにあったのでしょうか。恐らく、長寿を称え、重ねてきた年輪に対し、後に続く世代が尊崇の気持ちを表明し、できればあやかろうとするといったところかと考えます。高齢の人々はそれぞれの道で、誇るべき“人生の仕事”を持っています。その顕彰の機会は、若年世代への道標を示すという点からも意義があると思います。
∋ 高齢者が、健康であるならば臆することなく外に出てゆける、積極的に行動できる、そうした環境を整えることが必要です。例えば、何歳になっても恋をする、女性なら化粧に気を配るのもいいでしょう。テレビの歌番組で高齢者が登場すれば、司会は必ず年齢を尋ねます。演出過剰といえる場面もありますが、“老人の元気”は巧まずとも見る側の気持ちを和ませます。年齢なりの風格とともに、幼さとは異なる愛らしさが浮き立つからでしょうか。
(鮟鱇)