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2006年「Webコラム一灯」

 越境する芸術

2006/11/30

  故郷の静岡県藤枝市に在って孤高の創作活動を続ける小説家、芸術院会員の小川国夫氏の写真・映像記録の取材で講演などに何度か立ち会ってきました。気さくな人柄で、揮毫に気軽に応ずる場面がありました。「どうしようもない字だな」などと軽口をたたきながら筆ペンを走らせます。素人目にも、気迫のこもった力強い書が印象的です。

 

  若いころは画家を目指した時期があり、駿河湾西岸の風土をスケッチして巡った話をエッセーに記しています。息苦しいほどに思いつめた青春のいろどりは、自画像や宗教画のような作品となり、私家版「アポロンの島」の装丁にも生かされています。ゴッホやユトリロに傾倒し、その画業の軌跡を訪ねてもいます。

 

  音楽と絵画は芸術の対極にあるのかそれとも、といった論争が記憶に残りますが、最近よく耳にするのはコラボレーションです。静岡市在住の現代書家・柿下木冠さんは、文字をとことん追求し、からだのリズムを反映する墨の濃淡を紙に浸してゆく作風が斬新です。他のジャンルとのコラボレーションにも意欲的に取り組み、特に音楽分野からピアニストやバイオリニストを巻き込んで「協働芸術」を創生しています。旋律を一瞬のイメージで書に置換してゆくさまは、美を追う人のエネルギーの奔流のようです。

 

  静岡県立美術館で開催中の「森鷗外と美術」をのぞいてきました。軍医総監にまで登りつめた知の巨人は、教科書にも採用される小説をはじめ文芸作品を残した明治の文豪ですが、もう一つの顔が西洋美術の紹介に取り組んだ日本近代美術の「アート・プロデューサー」だそうです。

 

  評論、展覧会の審査など活動は幅広く、“美術解剖学”を講じた鷗外は、殊に洋画家・原田直次郎との交友で知られ、展示では重厚な画風の原田作品、黒田清輝の「智・感・情」、宮芳平「自画像」などともに、鷗外作品の豪華装丁本なども鑑賞できます。帝室博物館(現東京国立博物館)館長を務めた文化行政の先駆者でもあったという彼の業績を総合的にとらえることができます。

 

  小川さんは、不安にさいなまれた青春時代をフランスなど欧州を放浪した時期があり、その体験は初期の作品の核になっています。作家を目指し焦燥を重ねていた若者は、聖書の宗教世界に浸ってゆきます。後年、聖書の共同訳も成し遂げています。文学はもちろんですが、絵画、彫刻を中心に東西の美術に深い造詣があります。葛飾北斎を愛し、日本伝統の能・謡曲でも随想や評論を書いています。

 

  教養のフレームワークがとてつもなく広大で、知性が自在です。そこからモノや事象の深奥と細部を見つめる厳しい視線は出てくるのだろうと想像します。書きたいものがあるのが文士の幸せだと言います。芸術の耕地は無限でしょうが、表現のための葛藤もまた底知れぬものかも知れません。

(鮟鱇)




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