∋ 静岡県藤枝市在住、芸術院会員の作家・小川国夫氏の文学世界を写真、映像を中心にたどるDVD文学アルバム「故郷を見よ」の制作にいそしんできました。8カ月の取材・編集を経て完成し、新年早々に刊行となります。
∋ 作家にとって、どこで創作活動をするかがいかに重要かを、小川さんは自伝的長編「悲しみの港」でも触れています。”縋りつくような思いで”故郷藤枝市に戻って以来、地方都市にとどまって孤高の執筆を続けてきた小川さんには、この土地のことを書きたい、ここのことなら書けるという思いが横溢しているのだと取材を通して感じました。それを小川さんは、故郷が文士に歩留まりをプレゼントしてくれた、と表現しています。
∋ 取材では、志太平野、駿河湾西岸の海、川と河口、山地、池や公園などを訪ね、小川作品が生まれてきた背景に思いを巡らせ、インタビューを通して作家自らの言葉で語ってもらいました。心身ともに病んだ仏の画家モーリス・ユトリロのエピソードは殊に印象深いものでした。「パリを固守した」という彼は、アルコール中毒で強制収容されるほどでしたが、町を離れようとしない。パリへの愛に取り付かれた画家は、この町の街路の壁を削り、絵の具に塗り込めて描いた。それがあの妖気漂うパリの絵になったのだ、と小川さんは深い共鳴を込めて語りました。
∋ 藤枝に生まれ育った、根っからの土地っ子を「枝っ子」と言います。芸術院会員就任を祝う地元での祝賀行事で、小川さんは、「江戸っ子でなくて枝っ子」と機知を交えて土地への愛着を口にしました。自分の文学をはぐくんでくれた風土に感謝している、これからも原稿と格闘することで土地への恩返しをするのだと決意を述べました。
∋ 進化する情報社会で、インターネット文化が醸成されています。IT革命の時代、ブログなどで自ら「書く」行為に親しむ「作者(ネットユーザー)」が増えています。電脳空間は言ってみれば、表現の場となり、文学の場にもなりうることが証明されました。情報が玉石混交、費消されてゆくパソコンのバーチャル空間で発表した文章をアナログな本にすることが流行している、と出版界に詳しい知人が教えてくれました。
∋ 言葉というものの意味を考えるのに暗示的な話だと思います。部数はわずかであれ書籍という形式にして自分の知的活動のあかしを残す。その欲求は、表現の環境や手法、技術が激変しても変わらないのでしょう。危機を伝えられる活字文化、出版文化ですが、新しい生命を得ているように思うのです。
∋ 地に足つけて土地の風俗、文化を語るのは、ローカルな作業ですが、どんな状況でも浮遊することなく永遠の生命力を有する言葉を使って表現することで普遍性を与えられます。デジタル社会こそ、こうした確かな言葉を求めているのではないか。当サイトはこれまでも「静岡の方言」「遠州の方言考」をシリーズで掲載してきました。日替わりの一語に癒しを求めるユーザーが多いのか、人気メニューになっています。デジタル時代の地方文化振興の手伝いをしたいというささやかな願いを抱いています。 (鮟鱇)