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2007年「Webコラム一灯」

 証文の出し後れ-農相と横綱と

2007/08/02

 ∋  「証文の出し後れ」。大辞泉には、「証文を差し出すべき時機を失する意から、手遅れで何の効力もないことのたとえ」とあります。赤城農相を更迭した安倍首相の8.1決断の背景に触れた静岡新聞の記事で紹介されている談話に、この言葉が出てきました。農相の事務所費問題が参院選に影響するのははっきり予測されていたのに、なぜ選挙前にすげ替えなかったのか、なぜ歴史的な敗北が現実となった開票日あるいは翌日に断行しなかったのか。「なぜ今さら」という疑念と、決断が遅いというイメージダウンの追い討ち効果しかないというのです。

 

   「諫言太夫」を思い起こします。古来中国では、信念にかけて君主の非に異議を唱える役割の人物がいたといいます。日本でもこれまで、組織のどこかに「耳に痛い」諌めの言葉を指導者にぶつける重鎮がいたものです。リーダーは自ら誤らないために、そのような直言、異論反論を必要としたはずです。長期政権となった中曽根内閣の名官房長官として知られたカミソリ後藤田氏しかりだと思います。安倍内閣はどうでしょうか。

 

   官邸少年団、お友達内閣などと揶揄されます。“清新政権”だからでしょうか、総理と同年代あるいは年少の閣僚は言うに及ばず、年長のベテランにも、あくの強い直言居士は見当たりません。となると、もともと孤独の宰相は、相談する人とてなく若さゆえの判断間違いを犯す可能性が高くなります。50歳代そこそこの首相が、4-5歳若い農相に「君は若い、もう一度出直せ」と辞表を迫る図など、どうも切羽詰まってみえません。

 

   年長者、職制で上位の者が後に続く世代を厳しく叱る風景が絶えて久しいと思います。なにも頭ごなし、やみくもに押さえつければいいというのではありません。適切でない判断や行動に対して、ベテランが経験を踏まえて理を説き、導くということです。家庭では親が、学校では教師が、職場では上司が、その役割を引き受けてきたはずです。少子化でちやほやされて育った子どもは、叱られ慣れていませんから、わずかなことでもめげてしまいます。親は親で、自分の役割放棄は棚に上げ、厳しい指導でもあれば学校に乗り込んで理不尽なクレームをつけるのだそうです。自信喪失の教師が鬱状態に追い込まれてゆくと聞きます。職場では、そもそも叱るどころでなく部下のご機嫌をとり妥協に逃げ込む上司が多いとか。

 

   証文の出し後れといえば、同じ日のこの茶番もそうです。日本相撲協会による朝青龍の処分。愚行蛮行を重ねる不祥事横綱を角界はなぜか放任してきたのです。若い天才格闘家が地位を得れば増長するのは想定の範囲内であり、ではどのように大成させてゆくかとなれば、師匠と協会の責務でしょう。“経営危機”の角界で、一人横綱として大看板を背負う存在に対して「物言えば唇寒し」の空気があったのではないか。諌める人なく、取り巻き集団がおもねるばかりの結果となれば、本人より周辺の責任がより重いのではないでしょうか。それもこれも、人材不足に手をこまぬいてきたツケで、構造的な問題をはらんでいます。素材が、磨かれようがないのです。

 

   2場所の出場禁止は、体力と勝負勘、何より気力の維持の困難さを考慮すると、引退勧告にも匹敵する厳罰だとの声があります。土俵に及ぼす影響は計り知れません。力士になった以上等しく目指す最高の地位の権威が、突然雲散霧消してしまうのです。文字通りナンバーワンが失格宣告を受け、手本模範が空白になる。新任の白鵬には相当の重圧がかかるはずです。もう一つ、最近の力士はとにかく負傷休場が多いのですが、今回の騒動で疑問に思ったのは、診断書なる書類の信憑性です。疲労骨折のはずがサッカーに興じ、問題が深刻化すれば手術すればの全治6週間だという。いや入院は不要、通院治療で可と、実にめまぐるしいのです。この融通無碍な紙切れが、仮病の誘引になっていなければ幸いです。

 

   朝青龍については、事あるごとに日本の文化、相撲道への理解が足りないと非難され、それを引き金に外国人力士をたしなめる大合唱が起こります。身から出た錆ではありますが、では日本の文化とは。恥を知る、恥ずべきを恥じることではないでしょうか。恥を知る中から、品格を重んじけじめをつけるという発想が生まれてきます。そして“天の声(談合のことではない)”に謙虚に耳を澄まします。この伝でゆくと、赤城騒動はどうでしょう。諫言太夫不在、叱ることを忘れた風土に、綱紀の弛緩状態が生ずるのは火を見るより明らかです。こうしたことを繰り返すたびに若手の芽を摘み排除していったら、人材が育つなんてことは期待できません。だからこそ、そうなる前の指導です。

(鮟鱇)




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