∋ ものぐさがやっとたどり着いたスポーツが、ウォーキング(散歩)です。背筋を伸ばし前方を見据え、直角に曲げた両腕を規則正しく振り、歩幅をできるだけ広くとる、といったウォーキング・エクササイズの心得があるようですが、よほど意識しないと、そんな理想的な早足はできません。
∋ ウエストポーチにMDをしのばせて、いわゆる癒し系の音楽など聴きながら1時間余を歩きます。工夫といえば、毎回、コースを変えて歩くつど異なる風景を見るようにしていることです。田の水がはられたと見ているうちに消毒の時期になっていたり、池の水面を埋め尽くした蓮の葉の間に見事な桃色の花を見つけたり、あるいは宅地の造成や住宅の建築工事があったりと、不思議と見飽きることがありません。
∋ 静岡県藤枝市在住の作家小川国夫氏は、青春時代のヨーロッパ放浪から一貫して旅にとりつかれたひとです。先に静岡新聞社から刊行したDVD文学アルバム「故郷を見よ 小川国夫文学の世界」の取材・制作過程で、作品をあらためて読み直してみると、中央文壇と距離を置き故郷で孤高の創作活動をする小川氏が徹底的に「歩く人」であることが分かります。
∋ 時間を選ばず、というより真夜中、執筆の合い間に散歩に出かけます。焼津市や岡部町まで足を伸ばし夜明けを迎えた、霊山だという高草山のふもとで香を焚くにおいがしていた、などという話を聞かせてくれました。微細な観察者の視線があります。こよなく愛する藤枝の風土の中でも、蓮華寺池公園から連なる山々をめぐるのは、殊に気に入ったコースで、川端康成賞受賞の名作短編「逸民」はまさに、散歩から生まれたのでした。それとおぼしき道をなぞって歩いたことがあります。平凡な風景が濃密な文学世界になり、あの不思議な緊張をはらんだ物語へと凝縮していったことに感動しました。
∋ 袋井市が、ウォーキングの歩数や体脂肪率など健康づくりの達成度を地域通貨に“換金”する事業で、国の補助金を得ることになったという記事が静岡新聞に掲載されていました。4100万円の補助を、「健康ウォーキング通貨(仮称)」のモデル構築などに活用するとか。ウォーキングそれ自体は単調な身体活動かもしれませんが、地域通貨に変わるとすれば、動機付けになるでしょう。何より、地域の風景を観察し、その良さを見直すきっかけになれば、と願います。人それぞれ、ウォーキングのコースは選り取り見取りです。地方に住むことの、これも変え難い魅力です。
(鮟鱇)