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2007年「Webコラム一灯」

 国が負けるということは 阿久悠「ラヂオ」から

2007/08/15

 ∋  カラオケでマイクを押し付けられると、これです。北原ミレイが凄みを利かせて歌唱した「ざんげの値打ちもない」。もう何十年も前にヒットしたこの曲で、作詞家阿久悠さんを知りました。あらためて歌詞を眺め、文字数を数えてみました。150余文字、4番までのさして長くない曲にヒューマン・ストーリーが凝縮しているのです。

 

   無垢な少女が、転落の軌跡を告白するという、それまでの歌謡曲の常識には沿わない内容です。狡猾な男がいて、爛れた暮らしが想像され、一方ではそれらと無縁のありきたりの社会の風景、市民の生活をしのばせます。どうしようもなく気詰まりなテーマなのですが、単なる怨み節にはなっていません。作品を包み込む詩情が濃密だからです。

 

   月並みかもしれませんが、巨星墜つ、の思いです。阿久悠さんが70歳で亡くなりました。先日まで新聞のコラムを書いているようでしたので、いかにも突然の訃報に思えました。メディアの追悼記事、番組に注意を払っていました。談話に頻出するのが、「時代感覚」の4文字でした。時代感覚に優れていた、時代の空気をつかみ人々の共感を呼ぶ詞を書いた、といったものです。同時代人を悼む趣旨で、もちろんそうなのでしょうが、時代に寄り添って創作をしたという以上に、ストイックで厳粛であったように感じます。

 

   研ぎ澄まされた感性を自在に横溢させるかと思えば、感情の機微を抑制気味に知的に表現する。社会の行く末を見通し、時代の先を行った詩人だと思うのです。自ら「時代の迷い子にならなかった子どもの、タフさとやさしさを、詩情として再現してみたかった」と、長編小説「ラヂオ」のあとがきに記しています。

 

   山と海のある風景を好み、静岡県伊東市に住んで書いた淡路島の物語は、2000年7月に刊行されています。社会を震撼させた17歳の犯罪があったころ、阿久さんは日本全体を覆う“コミュニケーション不全”を見抜いています。「自分の思うことが伝えられないし、他人のいうことも受け止められない。……社会が単一の価値観、経済至上主義に固まり、勝ち組と負け組しか作らなくなり、勝ったけど卑しい人、負けたけど美しい人という評価が存在しなくなったからだと思う」と喝破しています。らん熟、飽食社会の暗部、勝ち組・負け組の格差固定化が既に指摘されているのです。

 

   味わい深い場面があります。終戦の日、実直な巡査の父親は主人公の少年を自転車に乗せて夜の巡邏(じゅんら)に出ます。実は、息子に語り掛けたいことがあったからです。父の言葉。「国が戦争に負けたということはな、わしのような人間には空が失くなったことやが、………明日から、お前たちの目には、ほんまもんの空の色が見える。そういうことやど」。

 

   あとがきを書きながら、「黄昏のラジオ」という詩を思いついた、と阿久悠さんは記しています。その最後の2行が暗示的です。「ああ 黄昏のラジオ」「ああ うっとり聴き惚れる」。苦悩する硬質な社会、目まぐるしく変容する高度情報社会を早くから予想した上で、ねぎらうようなやさしさをこめています。

(鮟鱇)




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