∋ 2007年8月1日、阿久悠さん死去。昭和から平成へと歌謡界屈指の作詞家は、多才でした。詩はもちろん、小説を書き、エッセーにもすぐれていました。時代を見通す鋭い視線は、社会の病巣を見抜き警鐘を鳴らしていました。絞りに絞った言葉には、深い思索がこもり、警世の人・阿久悠を特徴づけていました。
∋ 静岡新聞夕刊の社会時評「窓辺」に執筆したのは、1998年、ちょうど還暦のころです。1-3月の期間、交代で週1回のコラムですから、本数自体はそれほど多くありませんが、当時取り上げたテーマはいずれも、現代社会の悩める姿を見事なまでに予見しています。初回のタイトルからして、読者をハッとさせたはずです。
∋ 「恐い顔になれ」。日本人の、特に男性の顔がずいぶんかわいくなった。といってほめているのではなく、いわゆるトレンディーな顔だちの男性は、よくいえば若々しいのだが、悪くいえば幼稚なままだと指摘して、「一体何が原因して、このような少年のまま凍結した顔の男性が増えたのであろうか」と嘆いているのです。「二十一世紀、日本人が生き残るには、成熟した大人になることと、重大場面で恐い顔になれる資質を養うことだと思っている」と、男の成熟を願っていました。実は、最近のスポーツ選手の柔和で洗練された表情が気にかかっていました。むき出しの闘争心など既に死語なのか、と思わせるように感じていました。国際舞台を眺めるとよく分かります。そのただ中で、日本人がやけに小さく見えるのです。外国人に比べ身長が低い、英語が苦手などとは関係なく、いわゆる存在感が希薄なのです。これも自虐思考なのでしょうか。
∋ ワープロからパソコンへ、文明の利器は文章を書くという知的な営為をすっかり変えてしまいました。「創造はまだ手書きの方がしっくりくる」という阿久さんは、恐らく日本語の混迷の将来を懸念していたのでしょう、ロックの若者と一緒に仕事をした際のエピソードを紹介しています。「横書きの詞を目で追うと、首を振って否定することになる。だが、縦書きの詞は一行一行納得し、頷(うなず)く形になる。だからいいんだよ」と諭しています。味わい深い表現です。この回の題は、「手書き 縦書き」でした。
∋ 彼は、「窓辺」執筆より50年前に、町の無名の人から聞いたことばを忘れられない、生々しく思い起こす、と書いていました。「日本人は公徳心がないからね」と。「日本人こそ、行儀や礼儀を心得、節度を重んじ、恥を知る民族だと、信じていた」少年は、その言葉が、何十年も過ぎてから「重い槌(つち)のように胸をたたく」と記しました。
∋ 戦後間もない淡路島の風景を瑞々しい少年の視点で描いた長編小説「ラヂオ」について、先日書きました。第3章に「公徳心がなくなっている」というくだりがあります。「すると、日本人が過剰なまでに行儀作法を重んじた理由がわかる気がする。…すべてを決め事にしておかないと、果てしなく無作法になってしまう民族ではないかと思われたりする」と続けています。
∋ 詩人・阿久悠の言葉は痛烈ですが、突き放してはいません。日本人が日本語という文化資産を軽んじる時代の予兆を感じ、それと表裏をなす公徳心の欠如を心底嘆き、「窓辺」のその回のタイトルを「五十年前のことば」としたのでしょう。一方で、安易な悲観主義をみせる日本人の性癖をたしなめ、内実のこもる楽観主義をこそ培おうとする。それが彼のやさしさだと思います。エッセーの行間にそのことを読みました。
(鮟鱇)