∋ 静岡県総合防災訓練が県内全域で行われた日、ひと仕事済ませて、これまで家人に任せきりだった地域の防災訓練に参加しました。東海地震説以来、大規模な総合訓練を現地会場で見学したりしてきましたが、肝心の町内の様子には、正直、詳しくはありませんでした。
∋ 現代日本が抱える課題、少子高齢化を実感するのは町内行事です。子育て世代が競うように入居した分譲団地全体が同じく年齢を重ねるのですから当然なのですが、住民に白髪が目立つようになりました。時々は訃報が回覧されてきます。子どもを遊ばせた記憶が鮮明な公園の砂場も、普段は閑散としています。母子より、祖父母と孫とみられる組み合わせをちらほら見かける程度です。
∋ ところが、です。町内行事の参加者は、このところむしろ増大しているといいます。例えば夏の祭典。主役の子どもが少ないのでは縮小したら、との意見の一方、だからこそきちんと開催すべきだという逆の声が挙がります。盆踊りと子ども神輿を軸にした地味なイベントであっても、例年以上に盛り上がったなどと聞きます。
∋ 防災訓練会場は地区の中心に設けられている公園で、確かに住民の参加率は高いようにみえます。地震被害はもちろんですが、各地から伝わる風水害でも高齢者が被災する事例が増えています。老夫婦だけで被害を免れ、あるいは事後の対応・処置をとるのは困難です。相互扶助が、理屈抜きに求められているのです。
∋ 点呼への返事も声は小さく、列をつくる動きは緩慢かもしれません。それでも、防災訓練は真剣に進んでゆきます。集会所脇に貯水槽がありますが、火災などではできるだけ川の水を利用することになっているそうです。防災倉庫から、浄水器が持ち出されてきました。盛夏の被災では、水の大切さを思い知らされます。地区の防災会として可搬ポンプを所有しており、訓練を重ねているといいます。さすがに放水は壮観です。毛布を使った担架づくりも、三角巾を包帯代わりに縛る手順も、実地にやってみなければ分からないことでした。
∋ 地区の住民構成は、名簿などを通じて知識として承知しているつもりです。ただ、名前と顔が一致しません。どのような顔の造作で、声は、背丈は、足腰の具合は、などとなると、まるで無知なのです。さらに、家族の状況、消息などもつかんでいません。とかく個人情報に神経質な時世ですが、どんな行動一つとるにも、名前で呼びかけができるか否かで大きな差が生じるように思います。そんな近所付き合いを怠ってきました。「だれそれさん-」と、互いに声をかけられる関係が必要です。地域の中に漬かってみないと得られない知識と体験が、いざという場合には求められるのだと、あらためて教えられました。
(鮟鱇)