∋ どんな小さな組織でも、トップに立ったその時から「どのように退くか、身を引くか」を胸に秘めて務めなければならないとされます。指導者の負うべき責めはそれほど重いということで、だから「辞表を抱いて職に励む」といった表現があるのでしょう。指導者らしい覚悟があれば、大きな仕事もできるはずです。ましてや一国の総理の地位となれば、退き際こそ重要だと思います。その困難さを割り引いても、「なぜ、このような形で」という疑問が残ります。
∋ 安倍晋三首相が、辞任を表明しました。さまざまな退陣の弁を聞いてきましたが、これは実に孤独で、悲痛な言葉です。「自らの求心力がない」。最高の権力を握って、信念の政策を掲げ最良と信ずる政治手法を展開しても、受け入れられない。なぜなのか。安倍氏は、民意を読むことの難しさをあらためてかみしめているでしょうか。
∋ 政権を「投げ出した」と言わざるを得ない唐突な事態でした。若くして宰相の地位を得た安倍氏の特徴は、拉致問題でみせた「揺るぎなさ」です。圧倒的な支持を得て、総理総裁に担ぎ出されたのでした。だから、参院選で惨敗を喫しても早くから続投の意思を明確にしていました。選挙に負けてたとえぼろぼろになろうとも、自分の政治は誤っていない、時代が求めるものだ、との思いは変わらなかったはずです。それゆえの内閣改造を断行し、所信表明演説も行いました。そして代表質問を受けるというその日になって、「局面転換」を理由に「一身を投げ打つ」ことになったのです。
∋ 会見場に入ってくる様子には、生気がなく疲労感があふれていました。いくつかのシーンが浮かんできます。参院選遊説で絶叫して支持を求める姿には、日ごろのスマートさを考えると、違和感ばかりが目立ちました。いわゆるカメラ目線が論議を呼んだのも、何かシンボリックでした。国民に直接語りかけるのだと、質問者には目もくれずに応答する。周辺の進言があったのでしょうか。あの異様な映像をみせて、一徹な総理に、「だめです」と直言する人物はいなかったのかと訝ります。
∋ 不運なのは、いわゆる劇場型政治で長期政権を実現した、前任の小泉純一郎内閣と常に比較されたことでした。「見栄えの政治」はむしろ、安倍氏が最も不得手とするところではなかったでしょうか。若いながら、「美しい国」という、信念型の政治を掲げる為政者が、大衆受けを狙うパフォーマンスには向いていません。世論の風向きを嗅ぎ取る達人でもなく、むしろ古くもあるオーソドックスな政治手法のひとでした。さらに、地方の苦難や格差社会とかワーキング・プアなど、構造改革の負の遺産を引き継いだことです。栄光の影の部分が露呈したのが参院選の一つの側面であったと思います。
∋ 聞きようによっては、陳腐でしかない表現の多用も目立ったように思います。「職を賭す」という先日の決意表明が、思惑通りに受けとめられたか、疑問なしとしません。退陣の会見で何度も繰り返した「局面転換」という言葉も、これまで決断の時機を失してきたことを裏書きするようで、かえってタイミングの悪さを増幅しました。党首が代わって、与党がどのようになるのか。古い体質に戻るようなことがあれば、「一身を投げ打った局面転換」はそれこそ水泡に帰します。
(鮟鱇)