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2007年「Webコラム一灯」

 辞典変転

2007/09/16

   数年前、地図帳がちょっとしたブームになったことがありました。新聞広告や折込チラシの派手な宣伝が記憶に残ります。市町村合併(平成の大合併)をうけて、自治体の境が大きく変わり飛び地まで生じたりしました。新たな市町村名が生まれた地域も少なくありませんでした。当サイトでも、静岡県内の合併地区の名称や郵便番号を掲載してネットユーザーの便宜を図る対応をしたものでした。


   情報は時代を映すものです。その伝達手段・媒体も変容を遂げます。パソコンが普及するIT社会などもちろん念頭になく、テレビも高嶺の花、手ごろな家電といえばトランジスタラジオといった下宿学生当時、調べごとといえば頼りは辞書、百科辞典のたぐいでした。図書館には辞書・辞典類が豊富で、オックスフォード、ウェブスターなどの英英辞書、百科も英語のブリタニカが棚を占めるケースもありました。


   先日、東京・神田神保町の古書店街を徘徊していて少なからずショックを受けました。30巻近い百科辞典ひとそろえ3000円也の値札を見つけたのです。たとえ収録項目が時代遅れ、使い古してあるにしても、これでは本というよりは単なる印刷物、ページ数や重量がかさばるだけの紙の集積です。膨大なエネルギーを投じて学者や専門家の学識を結集した知恵の宝庫も形無しです。


   流行語や話題になった言葉を収めた用語辞典の休刊や衣替えが相次いで報じられました。電脳辞書が存在し無料で検索できるネット万能の世、書籍形式の辞典にはニーズがなくなってしまったのでしょうか。自宅の書棚をつくづく眺めます。学生時代、キャンパスで配布されたパンフに誘われ、それこそ清水の舞台から飛び降りる覚悟で月賦(などとは現在は言わないでしょう)で購入した、索引を含め24巻、別巻の世界・日本地図2巻の百科が鎮座します。何年前になるのか、4畳半の部屋にダンボールケースがやってきた日、貧乏学生はその壮観に高揚し悦に入りました。回数を重ねた引っ越しで、最大にして最も厄介な荷物ながら手放す気にはなれませんでした。


   文化庁が最近発表した国語世論調査によると、漢字が思い浮かばない時にどのように調べるかとの問いに、20代の79%、30代の63%が「携帯電話の漢字変換機能で」と回答したといいます。本の辞書は言うに及ばず電子辞書にも取って代わって、ケータイが主要な国語ツールになっているのです。文化庁のコメントは、携帯が単なる通信手段ではなくなり、生活の一部として浸透していることに驚いていました。”携帯辞書”、確かに便利だとは思うのですが。


   へそ曲がりついでに、学研の漢和大字典で「辞」をあたってみました。「ことば」「ふみ」といった意味とともに、「ことわる」とあります。「辞書」は「ことばを一定の順序に並べて、その意味や用法などを説明した本」とあります。これは既に「書をことわる」の意味に変質しているかも知れません。


   古書店巡りの楽しみは、思いもかけない掘り出し物に行き合う可能性があることです。中身はもちろん、大きさや装丁もそれ自体創作であり、独特のにおいが染み付いた本を手にすると、読む前から知識が深まったような気分になります。くだんの百科も箱入りで古色蒼然、家具のようなもので重量感がたまりません。とても片手で支えきれない代物ですが、電脳辞書にはない魅力があります。ウサギ小屋の住人にふさわしい趣味とはいえないまでも、本の”現物”にこだわってゆきたいのです。

(鮟鱇)




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