∋ 久々に痛飲しました。作家、詩人、美術家、学者・研究者、編集者、読書サークルの会員などジャンルを超えて、多くの人たちが集結したからです。藤枝市若王子の蓮華寺池公園内の市郷土博物館隣接地に、藤枝市文学館が開館しました。市内在住の作家小川国夫さんの生家を保存しようという市民運動が始まってから27年の歳月を経て、小川さんら藤枝市ゆかりの文人を顕彰する施設に結実したのです。
∋ 館の正面には、イタリア彫刻のエミリオ・グレコに師事した重岡建治さんによるモニュメント「大地より空へ」が据えられています。重岡さんは、除幕式に伊東市から駆けつけました。「大地-」は、小川文学の世界をモチーフにしたといいます。亡くなった長兄が長く新聞記者としてペンをふるい、藤枝に居を構えたこともあり、重岡さんにはこの地への思い入れがあるようです。文学館には、このような縁(えにし)がいくつも込められているのです。
∋ 運動の母体となった藤枝文学舎を育てる会会長代行の時田鉦平さんがよく言います。遠隔地に出かけても、「藤枝、ああ小川国夫さんの…」という反応が返ってくるそうです。深い苦悩を抱いて青春の放浪を重ね、文士として生きる覚悟を定めて故郷藤枝で孤高の創作活動に入った小川さんは、現代日本文学の巨匠と目される今も中央文壇と距離を置き、土地の言葉で重厚な精神世界を描出しています。志太平野、大井川流域と河口、焼津や用宗の港といった風景が、小川文学のバックボーンになっていることは広く知られるところです。
∋ 式典のテントの中に、世に出る前の小川さんと連夜、静岡市近辺を飲み歩いたという編集者の知人の顔がありました。「文学舎-」を寝食を忘れて動かしてきた人たちがいます。間もなく80歳を迎える巨匠ですが、東京、名古屋、静岡での文学講座には体が許す限り足を運ぶ律儀さですから、慕うファンが各地から訪れています。長く大阪芸術大学で教壇に立った教授・小川は、研究者をも不思議な磁力で引きつけてきました。文学館開館で小川さんゆかりの人々が、冊子「文学舎ニュース」に寄稿しています。異口同音に紹介するエピソードは、小川さんの飄逸な人柄を物語ります。それも思索を突き詰めたところからくる包容、懐の深さだと思います。小川国夫とわずかでも時間を共有したい、とそれぞれに願って藤枝を目指すのです。静岡新聞社刊のDVD文学アルバム「故郷を見よ」は、この土地と小川文学ののっぴきならない関係に立ち入ってみよう、との趣旨で企画されたものです。
∋ 同僚記者は、当サイトの「デジ記者リポート『藤枝市文学館オープン』」の取材で小川さんにインタビューしています。中で小川さんは、「60年、文学専一に生きてきて、言葉というものがだいぶ分かってきた」と語っています。すべて分かった、とは言っていません。開館記念特別展「小川国夫文学展『アポロンの島』から50年」の会場入り口には、骸骨が分厚い本を見上げる奇妙な絵が掲げられています。これが、自画像だといいます。小川さん独特の野太い筆字で「言葉は光」とあります。実に暗示的です。
∋ 美術館、博物館。文学館もご多分にもれず、文化施設はどこでも経営的に苦戦しているようです。藤枝市文学館は、常設展より企画展を前面に打ち出してゆくといいます。それでも、200円の入場料では、大変でしょう。まさに企画力が問われます。小川国夫という求心力を有する、文化都市を標榜する地方の町の挑戦です。ぜひ成功してほしいと願います。そのためには、小川国夫と「言葉を共有する」得難い時間を提供する、斬新な工夫が求められるでしょう。
(鮟鱇)