∋ 「長幼の序」と言います。常識以前、理屈抜きの礼節がありますが、近年はおろそかにされているようです。ろくにあいさつもしない、できない。そのくせ、変にふてくされた態度が目立つのは、別に若者に限りません。それなりの分別盛りにこそ深刻な日本病ではないか、と懸念します。
∋ 新弟子のけいこ後の死亡事件で日本相撲協会は、時津風親方の角界からの追放を決めました。解雇の処分について説明する会見で、北の湖理事長は、「協会の信用を失墜させた」の一点ばりでした。つい先日の光景が目に焼きついています。理事長が文部科学省を謝罪に訪れた際のニュース映像です。謝る側がまるで傲然と見下ろし、呼びつけた文科相が平伏しているかのようなシーンでした。この日を境に協会の態度が一変し処分へまっしぐらとなったのですから、やはり監督官庁は怖いのでしょう。にしては、「頭(ず)が高い」のです。つまり協会のトップは、世間並みのあいさつの仕方すら知らないのではないか、と疑わせたのです。
∋ 日本相撲協会。つくづく不器用な組織だと思います。あまり愉快ではない朝青龍騒動ひとつとっても、国民的関心は高い。大相撲という人気スポーツの興行を経営するにしては、組織として欠陥が多すぎるのではないでしょうか。週刊誌の八百長報道、横綱の引きこもりと師匠の奇妙な軽さ、取材証の没収と撤回の朝令暮改……。不祥事続きですが、今回は様相が異なります。刑事事件として立件が視野に入っている法律違反なのです。
∋ そこで理事長の会見です。昼のテレビ番組に急きょ割り込んだ生中継を見ていると、冒頭の遺族への謝罪の言葉に誠意が十分とは思えませんでした。フラッシュがたかれる中での汗だくの応答は、語彙が貧困でした。「協会の名誉を損ねた」「部屋の問題」「親方の責任」。少し突かれると、「警察に任せてある」。これだけでした。再発防止策? 「……」、組織の問題? 「……」。期待したやりとりは皆無でした。保身に汲々の巨体が小さく見えたこと。
∋ 力士出身の親方衆から成る前近代的な閉鎖社会といわれます。染み付いた旧体質。この時世にしかし、リスク・マネジメント(危機管理)の欠如は致命的です。危機対応の第一は、説明責任ですが、とても果たしているようにはみえません。組織の衰退は不祥事が引き金となっています。組織に内在する病理が露呈するのです。政、官、財。スポーツ界も例外ではあり得ません。ああ、あれが端緒だった、と思いつく事件が必ずあります。その予兆を見逃した時、転換・転落は一気です。
∋ ここまで信用を失った組織が蘇生することはあるでしょうか。人材の登場を待つしかありませんが、容易ではない。まず将来を展望する若者が、この組織を目指すとは思えません。新弟子応募ゼロのニュースがあった通りです。企業も人集めに苦労します。よしんば目論み通り採用できても、そこから育てるのは至難です。大半の失敗とわずかな成功。その成功すら阻む制度やしきたりが横たわるなら、結果は予測するまでもありません。四苦八苦の理事長会見からは、残念ながら次代につながる明るさは読み取れませんでした。
∋ 国技には長い伝統があり、この組織ほど「品格」がとやかくされる例はないでしょう。実態は、これと最も遠いところにある社会かも知れません。幼いころからの大相撲ファンとしては嘆息するばかりです。ああ、日本相撲協会。
(鮟鱇)