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2007年「Webコラム一灯」

 小諸なる--

2007/10/22

 ∋  この季節に思い浮かべる歌といえば、「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしずかに飲むべかりけり」です。酒と旅を愛した歌人若山牧水のよく知られた作品は、彼の長野県小諸市滞在の折に生まれたとか。小諸に立ち寄る機会があり、懐古園(小諸城址)内の郷土博物館でそのことに言及した展示品を見つけました。

 

 ∋  宮崎県出身の漂泊の歌人は、静岡県内に足跡を残し沼津・千本松原、裾野との縁はしばしば語られる通りです。つい先日、裾野市で彼の偉業をしのぶ顕彰全国大会が開かれたばかりです。ゆかりの地沼津には牧水会、記念館があり、来年没後80年を迎えることもあって、「白玉の--」に牧水への思いをはせる人も多いことでしょう。

 

 ∋  文人墨客をひきつけてやまない民俗、風土とはどんなものか。長野新幹線佐久平駅から乗り継ぐ単線のJR小海線は、既に刈り取りが済んだ田の間を行きます。ほんの20分ほど、乗降もまばらな地方都市らしい終着駅です。「小諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ……」。千曲川が流れる詩情豊かな信濃の町をこよなく愛したのが、島崎藤村です。小諸義塾教師として招かれ、明治32年から38年にかけて滞在しました。

 

   駅構内の自由通路(跨線橋)の両側には、ガラスケースをはめ込んだ展示ケースがあり、眼鏡、白髪まじりの藤村の肖像ポスターが掲げられています。ここを抜け階段を下ると、古城のたたずまいそのままの懐古園入り口になっています。藤村記念館は、深い緑に抱かれた平屋の実に簡素な施設です。高齢の夫婦らしい観覧者が目立ちます。セピアに変色した原稿や書簡を眺めます。3人の娘を次々失うなど不幸がつきまといますが、大作「破戒」の起稿など、藤村文学は詩といい小説といい、大きく開花してゆきました。園内のなだらかな丘に立ちます。木々の間に千曲川の蛇行を遠望すると、「古城のほとり」の寂寥が迫ります。

 

 ∋  博物館の展示資料によると、幸田露伴は大正11-昭和12年、高浜虚子が昭和19-22年というように、あまたの文人が小諸に滞在したといいます。近代俳諧の巨匠臼田亜浪は、この地に生を得ました。博物館内で、昭和11年に収録された「このこころ」という作品の本人による朗読をレコードで聞くことができます。彼らが生きた時代、当時の空気に、肉筆や肉声を通して触れるのです。

 

   伊豆地域は、作家らが逗留して創作に苦悩した旅館などが豊富です。巨匠の足跡がいたるところに残り、訪ねる人々は絶えません。文学都市を標榜する県中部の藤枝市の蓮華寺池公園には、先ごろ文学館が開館しました。故藤枝静男、小川国夫氏の業績を中心に、資料の収集展示が行われます。蓮華寺池に連なる山は、名作短編「逸民」の舞台となりました。「枝っ子(藤枝の土地っ子)」を任ずる小川さんは、創造の支えになる「母なる言葉、土地の言葉に聞け」とよく言います。懐古園の小径をたどりながら、藤村の詩碑に行き当たります。「小諸なる--」の響きが、石の奥から聞こえてくるようです。

(鮟鱇)




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