∋ 毎朝ひとつまみ、茶葉を食べます。効能のほどは知りませんが、「噛む茶」を習慣にしている友人のすすめでした。酒席で、二日酔い対策だなどと聞かされた記憶もあって、以来、はまっているのです。もちろん渋いのですが、元来がお茶好きですから気にはなりません。粉末にしてヨーグルトに混ぜて、と手間をかける知人は、中性脂肪を減らす、高脂血症とおさらばだと豪語していました。
∋ 観光施設「玉露の里」のある志太郡岡部町は、“茶どころ静岡”でもよく知られる産地です。松並木が残る旧街道沿いに、噛む茶を販売する製茶店を見つけて数カ月ごとに通っています。アルミ箔入りの50グラムパックを絶やさないようにまとめ買いするのです。きしむガラス戸を開けて、ひとくさり店主の講釈を聞くのも楽しみです。
∋ 静岡市駿河区のグランシップで開催中の「世界お茶まつり」をのぞいてきました。出展者を冷やかしながら、水出しの宇治茶、セイロン紅茶など国内外の製品を数種、試飲しました。ところ変わればで、味もまたさまざまです。不思議なもので、ふくいくたる香りが漂うと、広大な会場が“癒し空間”となります。
∋ ミャンマーの食べるお茶というのを失礼してひと葉、口にふくみました。おひたしのようで、食感も気に入りました。飲む茶、緑茶、煎茶、そして噛む茶、食する茶…。会場をひとわたり眺めると、茶史の奥深さ、茶文化の深遠広大さが分かります。茶葉の種類は言うまでもなく、茶にまつわる民俗・風習、芸術、道具など実に多様です。
∋ 茶空間を訪ねる紀行は、生産、もみ方、香り風味を生かす淹れ方、習い事・作法にとどまりません。茶は上質の菓子を生みました。駿河漆器などが展示されているように、器に工芸の美をもたらしました。手もみ、茶摘みに歌が伴い、一服の「道」を究めようという修業が、すぐれた書作品にも結実してきました。茶室とまではこだわらなくとも、茶をどのように飲むかは、家の造作、建築に反映しています。環境を問う向き、健康おたくにも必需品です。
∋ “通”でもない参観者の目についたのは、標語のごとくに掲げられた「自分流」という言葉です。日々の暮らし、食卓における茶の在り様は、それぞれの家庭の文化でしょう。気取りや堅苦しさを必要としないほど、生活に密着しているのが「茶」です。これなくして毎日がもたないのが、「茶」です。とそんなことをあらためて「噛み」しめながら、自分流に茶を噛むのです。
(鮟鱇)