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2007年「Webコラム一灯」

 鉄腕稲尾が逝った日

2007/11/14

 ∋  プロ野球西鉄ライオンズの黄金時代を支え「鉄腕」の異名をとった稲尾和久氏が急逝しました。11月13日夕刊から14日朝刊にかけて、各新聞の訃報記事、追悼談話、評伝などを読みあさり、「神様、仏様、稲尾様」の生前のエピソードに胸打たれました。通算成績276勝、防御率1.98、2574奪三振の途方もない数字は、いかにも不世出の大投手らしいものです。何よりシーズン42勝という驚愕の記録は、2度とあり得ないでしょう。

 

   素人からみれば、すさまじい労働量です。登板の機会を待つのが投手の宿命とはいえ、この酷使に平然とマウンドに向かう。漁船の櫓を漕いで足腰を鍛えたのは、既に伝説と化していますが、それにしても体力はもちろん、精神力、知力が不可能を可能に変えたのでした。投げれば投げるほど、球界の記録が塗り替えられてゆく。あまたの天才打者に向き合う時には、自らのとっさの判断で勝負球に全霊をこめる。

 

   ストイシズム、仕事への思い入れや誇り、男気といったものは死語になりつつあります。「稲尾投手」は、入団の1956年から1969年引退までの十数年を駆け抜けたのですが、短くも密度の濃い現役人生だったはずです。仕事へのひたむきさが至上の価値を持った、よき日本に咲いた華麗な花だとも思います。

 

 ∋  と、余韻に浸っている目に飛び込んできたのは、「堺の病院 全盲患者、公園置き去り」という社会面記事です。大阪堺市の総合病院の男性職員4人が、63歳の全盲の男性患者を公園に置き去りにしていたことが露見し、病院側が、「とんでもないこと」と会見で謝罪しました。入院費の未払いや院内での行動でトラブルがあったといいますが、自宅で前妻に引き取りを拒まれたために糖尿病の患者を公園のベンチに座らせ下着類などの荷物とともに置き去りにしたのでした。

 

   良心の呵責か、4人のうちのひとりが119番して「目の見えない男性が倒れている」と伝え、救急車のサイレン音を確認して立ち去ったようです。前妻は「持病があり困る」と拒否。職員は、どうにもならず救急隊に任せれば大丈夫と思った、と話していますが、事情はどうあれ、非情、残酷な仕打ちでした。

 

   医療関係者としての自覚の欠如にあ然とします。生命、安全・安心を守る崇高な立場です。それが、およそプロとはみえない幼く卑しい釈明。職分の骨格ともいうべき患者の保護をいともあっさり他人にゆだねてしまったのも、無責任の極みです。少子高齢化の医師不足など、医療福祉は危機にあります。こんな時こそ、医の信頼を回復する心からの訴え、スピリットが求められています。身の消耗を顧みることなく天職に精魂を傾けたひと、プロとしての誇りに賭けたひと。時代を彩った日本の美徳は、郷愁のかなたに消滅してゆくのでしょうか。鉄腕稲尾氏の逝った日、寒々とした日でした。

(鮟鱇)




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