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2007年「Webコラム一灯」

 与謝野晶子の筆遣い

2007/12/10

   捜し当てたのは、東京銀座・中央通り沿いの間口の狭いビルでした。エレベーターの両開きのドアに意匠が凝らしてあります。濃い藤色に、花など描かれているのです。岡山県に本社を置く老舗の和菓子処の東京銀座店。8階に直行します。透明ガラスを巧みに使ったドアと壁の中は、8畳ほどの空間でしょうか。

 

   三方の壁とそこに据え付けられた展示ケースで構成されるミニ・ギャラリーです。知人にもらった菓子箱の中にあったしおりを見て、訪ねたいと思っていました。毎月、誕生月ごとに文化人をテーマに関連資料をシリーズで展示しています。12月は、明治11年(1878年)12月7日生まれの歌人・与謝野晶子が主題です。

 

   情熱の歌人といわれ、与謝野鉄幹との恋で知られる晶子といえば、「みだれ髪」です。全集の口絵などでよく目にする肖像がすぐ思い浮かびます。骨格が頑丈そうな顔の造作から、先駆的、開明的な知識人のイメージをくみ取ったものです。妻であり、何人もの子どもを産んだ母であり、そして何より創作者でした。実際、会場入り口左には、子どもを従えたり鉄幹と2人でおさまった写真など数葉が掲げられています。たくましい女性の姿です。

 

 ∋  やはり注目したのは、彼女の筆遣いです。展示品の中に、「新新訳源氏物語 玉鬘」の自筆原稿がありました。セピアに変色した原稿用紙の文字は、薄く、細く、その上に褪せて目を凝らしてもはっきり読み取れないほどです。骨太の濃い墨を想像していましたが、意外でした。夫の渡航費用を稼ぐために書いたとされる「百首屏風」も自筆短冊も、流れるような、か細いといってもよい筆で綴られています。所用のふくさも目につきました。萩色の地にきめ細かい文様は、いかにもつつましく扱う女性らしい品です。

 

   先日、静岡市と近郊の書店を何軒も回りました。話題の「直筆で読む『坊っちやん』」は好評なようで、なかなか見つかりませんでした。夏目漱石の原稿を写真で新書サイズの見開きにそっくり収録するという復刻の試みには、新奇性がありました。几帳面な字からは文豪の人柄がしのばれます。誤字もあったりして、何か安堵することも。

 

 ∋  それにしても、パソコン全盛、デジタルのこの時代になぜ直筆なのか。ああ、これが漱石の字だ、明治の文豪はこのような原稿を書いていたのだ、と“鑑賞”できれば、作品への親近感が増します。出版のために活字化される前の原稿用紙は、それ自体が呼吸しているようであり、筆遣いは筆者の軌跡、歴史を秘めています。創作者の美意識や情熱、悲しみ、思いのたけを注ぎ込んだ芸術作品そのものとも言えます。とても雄弁でもあるのです。晶子の筆遣いから想像したのは、「君死にたまふこと勿れ」を詠んだ彼女の情念でした。肉親への思いを綴った文章は激しいものです。展示資料を見ながら、晶子の筆は、表面的には細く流れるようで美しいが、実は切っ先鋭いものだと感じました。

(鮟鱇)




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