∋ 昨年暮れ、静岡市で開かれた映画上映会に出かけました。ベトナム独立運動指導者ファン・ボイ・チャウと日本人篤志家・浅羽佐喜太郎の交わりをテーマにしたドキュメンタリー作品で、ていねいな取材で知られざる史実を掘り下げた力作でした。会場の会議室を埋めたのは、比較的高齢の方々でしたが、小さな画面を食い入るように見つめる光景が印象的でした。
∋ 東京藝術大学大学院などに留学していたベトナムの青年ファン・ディン・アン・コアさんが、卒業制作として完成させたそうです。袋井市浅羽(旧浅羽町)の医師浅羽佐喜太郎(1867-1910年)は、歴史の波にもまれ苦境に立つチャウを物心両面で支えた高潔な人物として知られます。浅羽による留学生支援は、チャウが国づくりの骨格は人材の育成だと目覚め貫いてゆくきっかけとなっていったのでした。恩人亡き後、チャウは記念碑を浅羽の故郷に建てます。
∋ 資料や映像の収集などには、「浅羽ベトナム会」が協力を惜しみませんでした。この会の規約には、「『浅羽佐喜太郎紀念碑』の歴史を理解し、地域とベトナムの友好交流を目的とした活動を行う」とあります。小さな映画会で感銘を与えたドキュメンタリーには、制作の意図に共鳴する多くの人々の思いも込められていたのです。
∋ チャウは、「東遊(ドンズー)」と呼ばれる近代化運動を主唱します。東に学ぶという意味だそうです。「東」とは、まさに日本のことです。この東遊の思想が今も脈々と受け継がれていることを、当サイトに「遠州の方言考」を寄稿中の浅井昂さん(袋井市在住)にうかがいました。
∋ ベトナムの一家の話です。漆の樹液採取事業を手がけた祖父が日本人の知遇を得て「嘘をつかない、勤勉な民族」に学ぶ必要を痛感し、生前、大学生の孫娘に日本語を身につけて日本に留学するようにと諭したといいます。祖父の遺志に従って留学を決意した彼女の希望が実り、やがて日本で充実した学業を修められるように、と浅井さんは願っています。
∋ 脱亜入欧を掲げて日本が近代化を遂げたのは事実です。国民が営々と働き世界に冠たる繁栄を得ましたが、現在の社会システムはいたるところで綻びが目立ちます。倫理の弛緩も嘆くべき状況です。この日本がアジアの手本になっているのか、というと心もとない現状です。多くのアジア諸国にとってはしかし、東方の経済大国は自分たちのモデルであり教科書であるようです。浅羽佐喜太郎ら先人たちの功績の大きさにあらためて思い至るのです。アジアの人材育成のために貢献できるとすれば、それは私たちの国づくり、地域づくりにもつながります。
(鮟鱇)