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2008年「Webコラム一灯」
小川国夫追悼号
2008/08/07
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藤枝市文学館に近い書店へ久々に足を運び、平積みされていた作家・小川国夫さんの遺作短編集「止島(とめじま)」を買い求めてきました。蓮華寺池畔に佇む文学館は、小川さん、藤枝静男さんら市が生んだ芸術家を顕彰する施設です。蓮華寺池周辺は殊に、小川さんが生前、好んで散策し短編名作「逸民」の舞台にもなった地です。
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小川さん気に入りの軽口の一つが、「僕は江戸っ子でなく、枝っ子(生っ粋の藤枝育ち)」でした。青春の放浪を経て故郷に戻り60年。小川さんは、志太平野の地方都市にとどまって日本文学史に刻まれる作品を生み出してきました。地中海もの、聖書ものなどと並ぶ故郷ものの一群は、母語たる方言が使われ、小川文学といえば藤枝、藤枝といえば小川国夫を思い浮かべる愛好家は少なくありません。その小川さん不在の藤枝はいかにも寂しい。市を貫く街道沿いの自宅を訪ねれば今でも、「さあ、上がって上がって」「一杯やろう」などと声がかかりそうな気がするのです。
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急逝から4カ月、二つの文芸誌の追悼号を手にしています。同人誌「青銅時代」には、小川さんの長男暁夫さんが、家庭での作家について「構えなかった人」と題して寄稿しています。父と子、夫と妻、家族の関係を「何か別種の物差しで、お互いの存在を感じていたような気がします」と表現します。「あらゆる感情が、他の者に対して構えて伝達されることなく、自らの中で充分に成就していたと思われる」と、常に穏やかだった人柄を淡々と綴っています。その「構えのなさ」は、途轍もない広がりとなって芸術に浸透していったのだと思います。
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小川さんは律義な人で、大家でありながら手を抜くということをしませんでした。請われると、時間を忘れたかのように文学を、美術を、宗教を訥々と語りました。16年にわたって大阪芸術大学で講義し、若い学究に向かい合いました。ですから、大学が発行する文芸誌「河南文藝」(小池書院発売)の追悼特集も心を砕いた編集、丁寧なつくりです。文芸学科教授で、大作文芸批評「書くエロス・文学の視座」著者の作家・評論家、葉山郁生さんが送ってくれた河南文藝巻頭に、2005年10月11日の最終講義が再録されています。小川さんは、文学者の覚悟と責任、志のつながりについて、真情あふれる問いを発し、考えを吐露しているのです。
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取材などを通じ断片的に聞いていた文学への思いを集成する形で学生たちに語っています。文士として生きる決断をします。それでも苦悩は重く、悶々と原稿用紙のます目を埋めてゆく日々が果てるともなく続きます。小川さんはこうして、自ら言う「文学の国」に分け入って、その視界を広げてきました。その営為を語る言葉は、哲学的で示唆に富み、思想は光を浴びて明晰に浮かび出て、親しみをすら感じさせます。
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小川さんは、「いかに書くか」の指針の宝庫である古典を読むことを促し、文学の流れの中に入ることをすすめます。「どこにいったらいいのか、迷っている」時代に、文学の国では孤立がない、というのです。「目には見えない文学者の大集団というものがある。そういう人たちは、君と同じように心細い思いをして生きている………そういう大きな集団の流れ、文学の国の中に、自分も身を置いている。そういう気持ちが大事です」、そして「文学の国というものをまず信じましょう。そして自分がその一人になる覚悟をしましょう」と語りかけています。
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かねて小川さんのそばにいると、何でも許されてしまうような不思議な安寧があると感じていました。恐らくそうした気分が、ジャンルを超えて多くの人々を人間・小川国夫のもとに集めたのだと思います。河南文藝追悼特集には、人となりを語る情愛のきめ細かい文章が集められました。それぞれが語る小川的世界について、小川さん自身が回答していたのが、最終講義「文学の国から-その固有の言葉とフィールド-」なのだと得心がゆくのです。
(鮟鱇)
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