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Webコラム一灯

 本の背表紙

2008/01/19

 ∋  エジプトの古都アレクサンドリアを舞台にした小説「アレクサンドリア四重奏」は、世界文学史に刻まれた、英作家ロレンス・ダレルの代表作です。難解で知られる壮大な実験的叙事詩の全訳をよく利用する大型書店で見つけました。日本ではさしてポピュラーではない大作の4冊の翻訳本の背表紙を眺めながら、マケドニアのアレクサンダー大王が築いた都市は、古代、プトレマイオス朝によって世界の知のメッカとなったことを思い起こしました。アレクサンドリア図書館は、膨大な蔵書を誇り各地から学者、知識人らを集めたといわれます。本はまさに知の集積で、国の大本につながるという信仰があったのでしょう。

 

   エジプトの遺跡都市など観光地では、パピルスの工房で工芸品を求めることができます。乾燥し、少々ごわごわした手触りのパピルス紙に、原色をふんだんに用いて横向きのファラオの姿などを描いた、なじみの民芸です。パピルスの生地と描かれた題材が実に自然なのは、悠久の歴史がはぐくんできた作品だからでしょう。このパピルスに文字が筆記され、ページとなり書となって文明を成長させてきたといえます。パピルスという様式、形、実物こそメディアたるゆえんです。

 

   ヨーロッパには、装丁の文化があるといいます。貴重な本を解体して一冊の美術品のように組み立て直してゆく、装丁作家の仕事を求めてパリに在住する日本人女性清宮伸子さんを紹介する共同通信発の外信記事を静岡新聞で読みました。この「欧州ニッポン人伝」によると、仕上げまでの工程は100-150にも及ぶそうです。そして、数百年の保存にもたえる本を完成する。気の遠くなるような作業ですが、「フランス国内に装丁家や関連の職人は約六百人」とあります。この数字は、それだけの需要がある証でしょう。

 

   「装丁」をキーワードにウェブ検索してみたら、行き当たったサイトに装丁芸術を解説する清宮さんの文章が出ていました。それによると、西洋におけるルリュール(仏語、装丁の意のようです)の歴史は古く、パピルスに代わって羊皮紙を使い始めた3世紀には、今日の本の原型に近いものが生まれていたそうです。「持ち主の熱い思いを吹き込み、本と共に生きる歓びを次の世代へ伝えることが、現代の『ルリュール』である」と、清宮さんは情熱的に結んでいます。

 

 ∋  「共に生きる歓び」をもたらす「本」は、単に重量のある印刷物というよりは、さまざまな部分から構成される芸術品でもあります。書籍関連の名称を連ねても、結構な数になります。角、チリ、のど、平(たいら)、天、小口、溝、背などなど。「デザイン」としても、カバー、帯、扉、見返し、花布などの要素が絡んできます。綴じ目の上を覆う部分が背表紙です。書店の棚で目に入るのはここですから、魅力的な背表紙が肝心です。その背表紙をタイトルにした本の贈呈にあずかりました。

 

   「本の背表紙」(河出書房新社)。学生時代から文芸出版の道に入った根っからの編集者・出版人の長谷川郁夫さんが、静岡新聞の読書欄に連載したエッセーを集成した本です。帯に「回想と鎮魂の文藝ごよみ」とあります。「一度でも会話を交わしたことのある物故文学者の作品中の言葉を借りて、四季の移り変わりを辿る(はじめに)」長谷川さんの試みは、作家や詩人の物腰や言葉の数々、思い出、作品への感慨を心温まる文章に紡いで、見事な文藝ごよみに結実しています。春、夏、秋、冬それぞれの章が日本の文士の滋味に満ちた風景になっているのです。美しく、枯淡で、時に寂寥を帯びて機知的で、何より気品に占められています。

 

   「季節は文学を宿す」という帯の文とともに、装丁が魅力的です。深みの一方、遊びがあって、長谷川さんの文章の味わいに巧みに適っています。新聞連載中、挿絵を担当した画家・作家の司修さんが、タイトルにふさわしいつくりを友情を込めて追求したのだと想像します。背文字に「幸福の文学」とあります。このようにしてつくられた本もまた、幸福であろうと思うのです。

(鮟鱇)




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